姶良が悲しみに暮れていて智代はそばに寄り添って慰めていた。
美奈も姶良のことが気になったが弔問客の応対という役をしていたので忙殺されてしまって思う様に時間が割けない状態だった。
そんなとき、喪服を着ているがやけに艶やかな雰囲気をした女性がやってきた。
その弔問客の顔を見て、美奈の表情が凍りついた。
「・・・!」
その女性は美奈のことは知らないのか、すらすらと記帳を始めた。
記された名前を見て美奈の記憶が蘇った。
そう、この女はラナにホスピスに行く代わりに・・!
ラナを間接的に殺した人物・・
どす黒い感情が美奈を取り巻いてゆく。
もちろん、目の前の女性はそんな美奈の心中には全く気がつく様子もなく香典を差し出そうとした。
「このたびはご愁傷さまで・・」
「・・・これ、受け取れません・・」
「あら?どうしてかしら?」
目の前の女性が不思議そうな顔をして言った。
「貴女、私を覚えてないんですか?ラナにホスピスを薦めた時にいたでしょ?貴女のおかげでラナは・・」
目の前の女性はそれを聞いて思い出したようだ。
「ああ、あのときいらっしゃいましたわね。今井さんの同僚の方・・でしたね?」
「ええ、貴女のおかげでラナは死んだようなものなの。だからこんなお金、受け取れません。どうかお引き取りを。」
目の前の女性ー瑠奈なのだがーは言った。
「わたくし、今井さんのためを思ってホスピスをご紹介したんですよ。どうしてそんな事、言われるのかしら?」
「ラナはね、和彦さんを愛していた。それだけが命の支えだったの。それを貴女は摘み取った。確かにホスピスは末期がんだったラナ
にはふさわしかったのかもしれない。でも、ホスピスに入って急速にやつれたのは貴女が和彦さんに会わないように言ったんでしょう?
和彦さん、来なかったものね・・」
「死人の悪口は言いたくありません。でも、もともとわたくしと和彦さんの間に今井さんが割って入ったのですよ。確かに、今井さん
は気の毒だとは思います。でも、死に行く人に心縛られないようにしたわたくしの心遣いというものを・・」
「ラナの日記、最後なんて書いてあったと思います?悔しいって・・あの子の無念さが分からない?せめて最期まで愛する人の傍にい
たかったのね・・それを、それを・・」
分かっている。瑠奈の言うことは正論で、自分の言うことは感情論であることに。
でも、和彦と切り離されたラナの衰弱ぶり、そして日記の最後の悔しいという記述。
それらを思い出しただけで、悲しみと怒りが溶け合って美奈の口調を激しくした。
騒ぎを聞いて人だかりができてきた。そりゃそうだ。香典の受付で弔問客と受付役が揉めているのだから。
「・・・わかりましたわ。感謝されこそすれ、怒鳴られるとは思いもしませんでしたわ・・」
そういうと、やれやれという表情を浮かべて瑠奈は去って行った。
騒ぎは智代と姶良のもとにも聞こえていた。
智代はラナと瑠奈との間に何があったのか、ある程度聞いていたので事情を呑み込んだが、姶良はちんぷんかんぷんだった。
ただ、あの女性が今井ラナという人物の死に関わっているらしいことは分かった。
興奮して受付役を代わってもらった美奈がやってきた。
「葉山先生、後で塩、撒いておきましょうね。全く胸糞悪いったらありゃしない!」
姶良が尋ねた。
「あのー、あの人は一体・・?」
美奈は言った。
「三千院瑠奈。三千院財閥の娘よ。全く、ラナの葬式に来るとは思わなかったわ!」
美奈はぶつぶつ言っている。
三千院瑠奈・・
三千院財閥のことくらい、姶良も知っている。そうか、あの人が・・