上京してしばらくは身辺の整理で忙しく、東都大学の入学式の日はあっという間にやってきた。
スーツに身を固めて新しい大学生活に期待と不安を入り混じらせながら入学式に臨む姶良であった。
式自体は退屈なもので、慣れない生活で疲れがたまっていた姶良は席でうとうとしてしまう一幕もあった。
式が終わると他の新入生同様、姶良も色々なサークルの勧誘を受けた。
姶良自身、人間関係を構築したいという想いはあったが、高校までのうまくいかない人間関係の再現になり
やしないかと思うと、怖くなって勧誘から逃げ回っていた。
かたん・・
少し離れた場所にある自販機で飲み物を買って姶良はどうしようか考えていた。
姶良は特にこのサークルに入りたいというような興味をひくものはなかったので、このまま帰ろうかと思って
勧誘時間が終わるのを待ってベンチに腰掛けて飲み物を口に含んだ。
その時、声をかけてくる人がいた。
「貴女、新入生よね?どうしたの、こんなところで?」
姶良が顔を上げると少しきつそうな容姿をした女性がいた。
「いえ・・別に・・」
姶良はお茶を濁した。
「スーツを着てるから新入生ってすぐわかったわ。貴女、サークルには入らないの?」
その女性は聞いてくる。
「ええ・・特には・・・」
「ふーん・・」
と、その女性は口元に含み笑いを浮かべて言った。
姶良は何となく居心地の悪さを感じて立ち去ろうと思った。
「すみません、それでは・・」
しかし、立ち去ることはできなかった。
その女性が腕をつかんでいたからだ。
「・・・?」
姶良が不審そうにその女性を見やると、その女性は言った。
「貴女からどうもネガティブオーラが出てるから、声をかけたの。どうしたの、折角の希望した大学生活でしょ?
貴女がサークルに入るか入らないかは自由だけど、大学生活を楽しみましょうよ。」
姶良は戸惑った。今まで、こんなに自分のことを気にかけてくれた人物はいなかった。
そして自分がまた突拍子のない言動でこの目の前にいる女性を困らせてしまうんじゃないか、という恐怖に近い感
情が姶良を支配した。
そんな戸惑いの表情を浮かべる姶良を見て目の前の女性は言った。
「私、サイクリングサークルの今井、今井ラナって言うの。こんなところに一人いてもよくないことしか考えない
でしょう?どう?皆と楽しい4年間を過ごさない?」
「サイクリング・・」
と、姶良が呟いた瞬間、今井と名乗った目の前の女性は姶良の手を取って歩き始めた。
「ちょ・・私まだ・・」
「まぁ、いいから。雰囲気だけでも味わって行ってよ。」
この今井という女性は強引というか面倒見がいいというか・・私を邪険ではなく普通に扱ってくれる人物がいたとい
うだけで姶良は少し嬉しくなった。
「それなら少しだけ・・」
「はい、それじゃぁ行きましょう!」
こうして今井ラナと影崎姶良は姶良が入学式のまさに当日に、出会った。