「お嬢様、おやめ下さい!」
瑠奈の周りを黒服が取り囲む。
しかし瑠奈はその塊の中をずんずんと突き進む。
目指すは父のオフィスだ。
ばんという大きな音を立てて瑠奈の父のオフィスの扉が開いた。
父は驚きの表情を浮かべて言った。
「瑠奈、ここには来るなというのが普段の申しつけだが・・?」
「お父様、お話があります!」
瑠奈の父は深々と椅子に座ると葉巻に火を付けた。
ふぅと煙を吐いて一息つくと言った。
「まぁ、立ち話も何だから座りなさい。」
黒服を追い払う仕草をしながら父は瑠奈に言った。
二人だけのオフィス。瑠奈は父に対して恐怖に近い感情を抱いていた。
それは何とも言えない「威厳」だということを当時の瑠奈はまだ知らなかった。
「・・それで何だね?お前がここに来るなんてよほどのことだろう?」
「リコリスプロダクションの件、お父様ですわよね?」
瑠奈は祈った。父が「違う」というのを・・・
しかし、現実は冷徹だった。
「そうだ。」
短く父は答えた。
「どうして・・?」
瑠奈の問いをさえぎるように父は言った。
「あのプロダクションのことを調べた。いかがわしいものを出してるプロダクションと聞いた。
そこで、私が手をまわして解散させた。ただそれだけだよ。」
「いかがわしいもの・・?」
「瑠奈、お前は俗に言うアダルトビデオにスカウトされたんだよ」
「アダルト・・?」
瑠奈も高校生だからアダルトビデオがどういうものかは知っている。
あの石川という若者は私をそんな商品として見ていた・・?
瑠奈が黙りこむ。
「瑠奈、それもこれもみんなお前が一人で勝手に外出なんてするからだ。これからは・・」
父の言葉をさえぎって瑠奈が言う。
「もう、いいですわ・・失礼しました・・」
瑠奈は落ち込んで部屋を出て行った。
瑠奈の父は机の中から写真を一枚出して眺めた。
それは石川が撮った瑠奈の姿だった。
「瑠奈・・お前がこんな表情を見せるとは・・」
父は瑠奈が見せたあまりに普通の少女の姿を写した石川という男に嫉妬に近い感情を抱いた。
瑠奈は父の言葉を半分しか信じなかった。
もし週刊誌や友人の話と言った前知識がなかったらリコリスプロがいかがわしいところだと信じただろう。
しかし、瑠奈には知識があった。リコリスプロでの芸能界の地位からそんなことを・・
瑠奈には信じられなかった。
そして恐怖した。
「日本でそこそこの力を持つ会社でも三千院は簡単に潰せる」という事実に。
このことがきっかけで瑠奈は自分の家を毛嫌いするようになった。
もちろんそんなことを態度に出すことは許されず、瑠奈はずっと「仮面をつけた」生活を余儀なくされた。
そしてこの「三千院家」という籠から自分を救い出してくれる存在に希望を託すようになった。
そう、「天野和彦」という救いの鳥に・・
和彦と結婚したら少なくとも自分への目が和彦へと逸れること、そして三千院での自分の発言力強化に期待し
て瑠奈は日々を過ごした。
そこに、和彦が女性の元へと日参しているという話を聞いた。
瑠奈は居ても立ってもいられず行動を起こしたのだった・・