ラナは病院を脱走した。
普段している点滴を引き抜いてきたが、これは栄養補給と聞いていたので抜いても大丈夫だと
(勝手に)判断して出てきたのだった。
病院前には客待ちのタクシーが列を作っていた。その先頭のタクシーに乗り込むと、ラナは和彦に
教えてもらった和彦の勤務先、「天野商事」へ行くように伝えた。
運転手は気さくだった。まさか自分の乗せてる人間が病院からの脱走患者だとは夢にも思ってない
のだろう。色々喋ってる間にラナに異変が起き始めた。
まず、体中が鉛のように重くなってきた。
そして最近ましだった胃の痛みが出てきた。
・・・手術したはずなのに・・?
ラナは不思議に思いながら運転手と喋っていたが、ついに疲れ果ててしまい、運転手に少し疲
れたから天野商事に着いたら連絡するようにというと、体を横たえた。
同時刻、智代が病院を訪れた。
ノックをした。返事がない。ラナ、寝てるのかしら?そう思いながらドアを開けて智代は驚いた。
そこにあったのは引き抜かれた点滴チューブと針の先からぽたぽたとベッドに落ちる薬液。
智代はあわててナースコールのボタンを押した。
緊迫した面持ちで竹内が看護師数人を引き連れてきた。
「ラナは・・どうなったんですか?」
智代はてっきりラナががんが悪化して集中治療室かそういうところに入れられたと思っていた
のだ。
竹内は言った。
「城野内さん、今井さんは・・その・・ご自分で病院を抜け出されたようです・・」
智代は顔をあげた。
「抜け出した・・?」
「はい・・城野内さん、今井さんに告知をなさったのですか?」
「いいえ、まだ・・でもラナ・・どこに行ったのかしら・・?」
その時、智代はあることに気が付いた。
ラナの枕もとにあった和彦とのホットラインともいえる携帯電話がなかった。
智代はロッカーや引き出しを探したが、ない。
まさか・・
「城野内さん?」
「先生、私、心当たりがあります。そこに行って来るのでその間にラナが帰ってきたらここに
電話ください。」
そういうと智代は自分の携帯番号が書かれた紙を竹内に渡してあわてて走り出して行った。
「お客さん、つきましたよ。」
ラナは運転手の声で目が覚めた。少しうとうとしていたようだ。
でも体調は良くなっていない。
むしろ段々悪くなってきていた。
「大丈夫ですか?顔色がずいぶん悪いですよ?」
ラナは無言で代金を支払うと天野商事の受付に向かった。
ラナは受付嬢に言った。
「天野・・天野和彦社長に伝えてください。今井が来た、と。」
「失礼ですが、社長とどういう御関係でしょうか?」
怪訝そうに受付嬢が尋ねる。
説明するのも大儀なラナはいらいらして怒鳴った。
「とにかく、私は社長に用があるのっ!さっさと呼びつけてっ!」
叫ぶとラナは倒れた。
ラナは薄れていく意識でこう考えた。
「おかしいわね・・がんは切ったはずなのに、なぜ・・?」