第32章ー二人の対峙ー

 
 
 
 
 
 
 
 
 瑠奈の行動は早かった。
 和彦のオフィスを出てすぐに使いの車を呼び寄せ、ラナのいるS病院に向かった。
 「こういうことは、さっさと手を打って置きませんとね・・ホホホ・・」
 瑠奈は冷たく笑った。
 
 窓ががたがた言っている。
 そういえばさっき病室に備え付けのテレビが木枯らし一号が東京で吹いたと言っていたっけ・・
 しかし、天気はよく、窓から降り注ぐ陽だまりの中でラナはまどろんでいた。
 
 こんこん・・
 ラナは夢の中にいたので最初気が付かなかった。
 しかし目を覚ますと病室の扉をノックする音がする。
 誰だろう?智代は最近忙しいと言ってあまり顔を見せていないし、美奈かしら?またお菓子でも持ってきて
 会社の近況や愚痴なんかを喋るのかしら?初音編集長代理・・じゃないわよね・・
 誰?
 とにかくラナは扉に向かって言った。
 「どうぞ」
 入ってきたのは和服姿の美人というにふさわしい容姿をした女性だった。ラナは見たことのない顔に戸惑った。
 「あ、あの・・病室、間違えていませんか?ここは810号室ですよ?」
 「今井・・ラナさんですわね?」
 ラナは驚いた。この人は私のことを知ってる。でも私はこの人のことを知らない。また編集長代理が手をまわ
 したのだろうか。
 「そんなに怪訝な顔をしないで下さいまし。わたくし、三千院瑠奈と申します。わたくしは今日、貴女に重要
 なお話をしに参ったのですよ。」
 「重要な・・話?」
 ラナの顔に不審の色が出るのを瑠奈は見てとった。
 「ええ、実は貴女と天野和彦さん。お二人はもう会わないほうが良いと忠告しにまいったのです。」
 瑠奈は無表情に言った。
 「ち・・ちょっと待ってください。どうして見ず知らずの貴女にそんなこと、言われなくてはならないんで
 すか?」
 「それは・・わたくしが天野和彦の「許嫁」だからですわ。」
 瑠奈は「許嫁」の部分を特に強調するようにはっきりと言った。
 ラナに衝撃が走った。和彦に許嫁がいるとは聞いていた。その許嫁との関係は整理したと思っていた。少な
 くとも
和彦は「何とかする」と言ったのに・・
 動揺に身を震わせるラナに瑠奈が言葉を続ける。
 「確かに、わたくしたちは両親の定めで結婚するまでは直接会わない、文通と写真のやり取りという方法で
 しかお互いを
知りませんでしたのよ。それは徐々に距離を縮めて・・という両親の想いもあったんでしょう。」
 「・・・」
 「でも、いきなり貴女がわたくし達の間に割って入った。これは一大事と思いまして、こうして直談判に参
 りましたの。」
 ラナは動揺したが、人づてでなく直接恋敵に直談判するという瑠奈の男気めいた部分には感心した。
 もし、こういう形で出会わなかったらこの人とは友達になれたかもしれない、とラナは思いさえした。
 しかし、今、目の前にいるのは自分と和彦の間を引き裂こうとする人物。ラナも引くわけにはいかなかった。
 「そ、そんなこと言われたって私と和彦さんの間に割って入ってきたのは、瑠奈さんじゃないですか?私た
 ちはもう十分に
いい関係を築いていますし、もうすぐ私の外泊許可が出たら・・」
 「外泊?」
 瑠奈が目を丸くして驚く。もちろん瑠奈はラナががんで手の施しようがないという状態であることを知って
 いるので、この言
葉が出たということに驚いたのだが、ラナは外泊して和彦といちゃつくことを想像して目
 を丸くしたと思った。
 「・・・まぁ、外泊の件は置いておきましょう。わたくし、こうなることはある程度予想していましたの。
 そこでこんなもので貴女の
気持が買えるとは思っていませんがほんの心ばかり・・」
 と、瑠奈が手に持っていた包みを開く。
 どさどさっと札束が落ちてきた。
 「・・まぁ、世間でいう「手切れ金」のようなものですわ。和彦さんの心を一時でも奪った貴女に敬意を表
 して・・とでも言っておき
ましょうか・・」
 「・・・」
 「これだけのお金があればそれなりの病院に転院もできてもっといい治療もできますでしょう?悪くない
 話・・」
 「帰ってください・・」
 「・・・・では和彦さんのこと、諦めてくださったと・・」
 「いいえ、私、和彦さんを諦めません・・」
 「だからこうしてお金をお渡ししてですね・・」
 「帰れっ!!!!!!」
 ラナは自分がこんな乱暴な口をきいたことに自分でも驚いた。変な感じがしてそれ以上言葉が出なかった。
 
 病室を静寂が支配した。
 瑠奈はラナ声の大きさに驚いたようだがすぐに襟を正して言った。
 「まぁ、今日のところはこんなところで・・ああ、このお金は差し上げますわよ。貴女にもいろいろ事情
 がおありだとは知っていますから・・」
 事情?何だろうと思ったが、ラナはもうこの瑠奈という女と同じ空間にいたくなかった。必然的にラナは
 黙った。
 「では、お大事になさってくださいまし。ホホホ・・」
 
 こうして二人の対峙は終わった。時間にしてみたらほんの10分ちょっとだったようだが、ラナにはもっ
 と長く感じられたのだった。

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