第31章ー三千院瑠奈ー

 
 
 
 
 
 
 
 「さ・・三千院・・瑠奈・・?」
 和彦は動揺した。
 今まで写真でしか見たことがなく、手紙のやり取りはあったが急に向こうから会いに来るなんて・・
 和彦は瑠奈の写真を取りだした。
 和服姿に髪をまとめた上品そうな女性が写っている。
 左目の下の泣きぼくろがチャーミングにも見える。
 「いかが、致しますか?」
 袴田が尋ねる。もちろん、この問いに答えは一つしかなかった。
 「わかった、お通ししてくれ」
 
 しばらくして、瑠奈は袴田に導かれて部屋に入ってきた。
 写真の通り美しい女性だが、どこか冷たいところも感じられる。
 どこが・・?と言われたら答えに窮するが和彦の直感がこの女性は意外と冷たいのかもしれない
 と告げた。
 袴田を退出させて瑠奈は応接室のソファに座った。
 
 「はじめまして・・と言ったほうがいいかしら?和彦さん?」
 瑠奈は切り出した。口元に浮かぶ笑みは何を意味してるんだろう。
 そもそも彼女がここに来た理由って・・?
 その心中を察したのか瑠奈がころころと笑った。
 「わたくしがどうして急にここに来たか、知りたくて仕方がないようですわね?」
 「え、ええ・・私たちは時期が熟すまで会わないという両家の決まりでしたから・・」
 「わたくしもそのつもりでしたのよ。でも最近貴方に不穏な動きがあると耳にしまして・・」
 「不穏な動き・・?」
 「わたくしを差し置いて女性のもとに日参してると聞いて、これは一大事と思いましてこうして
 参上しましたの。」
 どうやら和彦がラナのもとに行ってるということが瑠奈に知れたらしい。和彦はぞわっとした悪寒
 を感じた。
 「出すぎた真似とは思いましたがこちらのほうで少し調べさせてもらいました。お相手は今井ラナ
 さん。和彦さんの
大学時代のサイクリングサークルの後輩で富士出版の編集者さんみたいですね。
 そして現在がんに伏せ
っておられる・・」
 「ええ、その通りです。」
 瑠奈は冷たい笑いを口に浮かべて続けた。
 「和彦さん、わたくしの口からこんなこと言うの、心苦しゅうございますが、ご自分のお立場、お
 分かりでしょうね?」
 きた!まさに和彦にとってのアキレス腱のこの言葉を瑠奈から直接言われるとは!
 「ええ、十分に・・」
 「なら、わたくしから特に申し上げることはございませんが、これだけは言っておきたく・・」
 「な、何でしょう・・?」
 ごくっと唾を飲んで和彦は尋ねた。
 「その女性が例えがんだとしてもわたくしとしては和彦さんがわたくし以外の女性のもとへ毎日会い
 に行くのははっきり言ってイラ
イラしますの。もう二度とその女性のもとへ会いに行かないとお約束、
 頂けますかしら?」
 「でも、今井はがんなんですよ?もう命が限られてるんですよ?」
 思わず和彦の声が大きくなった。
 瑠奈は一瞬目を丸くしたがすぐに落ち着いた態度でこう言った。
 「例えがんで限られた命であったとしても貴方の心を奪ってしまう可能性のある芽は、できるだけ摘
 み取っておきたいんですの。
わたくしたちの将来にいかなる影も落としたくないんですの。」
 「・・・」
 「まぁ、今井さんの件はわたくしにお任せくださいまし。」
 「な、何をする気なんですか?」
 和彦が悲鳴に近い声でたずねる。
 「まぁ、万事解決しておきますわ。和彦さんは一切気になさらず、わたくしのことだけを考えておけ
 ばいいんですのよ。」
 そういうと、瑠奈はソファから立ち上がり、いずれまた・・と言い残すと出て行った。
 
 和彦はやるせない絶望感で一杯だった。
 「今井・・」

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