第27章ー和彦の回想ー

 
 
 
 
 
 
 和彦は初音からラナの体が手術できないほどがんに蝕まれていることを聞かされた。
 一応手は尽くすと医師は言っているが、このままでは・・
 ということだった。
 
 「今井・・」
 助かる見込みがかなり低いと知って和彦の中ではラナと過ごした学生時代の日々が蘇っていた。
 ある時はキャンプに行って、和彦が魚を手づかみしようとして足を滑らせてずぶ濡れになったこと
 があった。
 その時、何気ない仕草でタオルをくれたのはラナだった。
 
 また、こんなこともあった・・
 ラナはどちらかというと同性に好かれる性格であったが、そんなラナの取り巻きがやたらとラナを
 持ち上げてる
現場に遭遇したことがあった。
 あまりの持ち上げようにその時は不審に思ったが、今考えたら彼女たちは自分とラナをくっつけよ
 うとしてたん
だろうか?
 ・・・今更確かめようもないことだった・・
 
 窓の外ではオフィス街を人や車が激しく行き来している。
 ビルの高いところから見たらそれらは「個」というより、何か大きな生き物のように思えた。
 自分もこういう「個」の埋没した生活をしてるんだろうか?
 今まで仕事に追われて「自分らしい生き方」や「自分は生きたいように生きているか」ということ
 を考えたこ
とがなかったが、死を目前にしてるラナという存在を目の当たりにするとそんなことを
 考えるようになった和
彦がいた。
 
 同じ時刻、天野商事の受付で一人の女性が金切り声をあげて受付嬢と警備員を困らせていた。
 「社長さんに面会したいの!」
 「だから、社長は多忙で・・」
 「大事な用事なの!人一人の命がかかってるんですよ!」
 大声をあげて女性は訴える。
 ごく稀にこういう人がやって来る。
 大抵は社長に何かを売り込んだり、クレーマーだったりする。
 それらを水際で食い止めるのが警備員や受付嬢の役割の一つだった。
 きっと目の前で金切り声をあげてる女性もこのタイプの人なんだろう。
 困った人だ。
 警備員は思った。そして語気を強めて言った。
 「さあ、さっさと出て行ってください!」
 
 埒が明かないと見たのか、女性は名刺を取り出した。
 「これを社長に見せて頂戴」
 警備員と受付嬢が名刺を見やる。
 「富士ファンタジー文庫専属作家 葉山晴香」と書かれてあった・・

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