さて・・と、智代は思った。
確かに自分はある程度名の売れた作家である。
しかし、ラナの想い人かもしれない天野商事の社長さんとは全く面識も接点もない。
智代は悩んだがこうしてる間にもラナの体はがんに蝕まれていっているのだ。
そう思い、智代は初音編集長代理を訪問した。
「・・・というわけなのですよ。何とか力になっていただけないですか?佐野編集長代理?」
「そう、今井さんがそのことを貴女に打ち明けたのね。よほど貴女の説得が強固だったようですね。
分かりました、力になりましょう。」
初音はそういってくれた。これで智代は少し頼りがいのある戦力を手に入れた気になった。
そんなある日、美奈が智代の原稿の進捗状況を聞きにやってきた。
しかし、智代はラナのことで頭がいっぱいで筆は進んでいなかった。
必然的に話題はラナのことになった。
「ねぇ、葉山先生?今井さんは生きる希望を失ってるって聞いたけれど、何か知ってるかしら?
編集長代理に聞いてもはぐらかされるのよ。」
「さ、さぁ・・なぜなのかしら?がんと聞いて治らない病気だと思ってるのかしら・・」
智代は嘘をついた。初音が智代に最初明かさなかったように美奈にもラナの心中は秘密にしているのだ。
それを智代の口から喋るわけにはいかなかった。
「彼女、鬱病でも発症してるのかしら?この前お見舞いに行ったけどそんな風には見えなかったなぁ・・」
美奈は皆目見当がつかないというように落ち着きなく喋っていたが、殆ど独り言のようなものだった。
そうしている間に、初音は動いていた。
ラナの部屋に大学の名簿があると智代から聞いた初音はラナの上司という権限を使い、ラナのマンション
に入った。
ラナの部屋はとてもきれいに片付いていた。だから本棚にあるサークルの同窓会名簿もすぐに見つかった。
初音は和彦の名前を見つけると、その個人情報を素早くメモして部屋を後にした。
初音の行動は早かった。
その住所をさかのぼり、和彦が書かれている住所には現在、いないものの、ラナの想い人の天野和彦氏が確かに
天野商事の社長であることを突き止めた。
個人情報保護法が少し障害になりはしたが、この辺は職業柄、調べることについてはお手の物の初音には簡単な仕事だった。
初音は受話器を取ると、天野商事に電話をかけた。
「もしもし、わたくし、富士出版で編集長代理をしている佐野と申します。社長様にお話がありお電話いたし
ました。取り次いでいただけますでしょうか・・」
「少々お待ちください、確認いたします・・」
受付嬢の声がしてオルゴールの音が聞こえてきた。
「え?富士出版?そんな有名な出版社の編集長さんが一体・・?分かった、取り次いでくれ」
如何にもビジネスパーソンという風貌の男性。
見た目は柔和そうだが、芯は強そうだ。
現在、天野商事代表取締役。それが和彦の肩書で毎日とても忙しい。
そんな自分に対談の話でも舞い込んだんだろうか?
考えても答えは出なかった。
名の通った出版社の編集長代理という人物なのでそれほど変な話でもないだろう、和彦はそう判断して電話に
出ることにした。
そうしてる間に電話がつながった。
「もしもし、天野和彦社長でいらっしゃいますか?わたくし、富士出版ファンタジー文庫担当編集長代理の佐野
と申します。突然で申し訳ないのですがお会いできる時間を作っていただけないでしょうか?30分でいいんで
す・・」