智代は、ラナががんに侵されていることを知らされた。
しかも、ラナはいかなる治療も拒否していて、死にたがっているようだと聞かされた。
智代には理解できなかった。
作家として東京に出てきて7年、ラナのことはかなり知っているつもりだった。
しかし、それは智代の思い上がりだということを思い知らされた。
ラナの心の闇には一体何が潜んでるんだろう?
とにかく、初音編集長代理の説得してほしいという依頼を受け、ラナの入院先の病院へ出かけた。
コンコン・・
扉をノックする音がする。ラナは本を読んでいたが、それを中断して扉を見やった。
「開いてますよ、どうぞ」
「・・・」
「智代・・・」
気まずい空気が流れた。
「ラナ、お花を持ってきたの。病室って殺風景になりがちでしょう?少しは雰囲気を変えようと思って・・」
智代は無理をしている。ラナの目にかかれば智代が無理に明るくふるまおうとしてるのは見え見えだった。
はぁ・・編集長代理ね。全く・・私は残された日々を穏やかに過ごしたいだけなのに・・
「・・ラナ?」
「どうしたの、智代。よくここがわかったわね。一応秘密にしておくように言ってたんだけどな・・」
答えが分かっているのにこんなことを言ってしまう。ラナも言葉に迷っていた。
「佐野編集長代理がね、教えてくださったの・・」
「そう、編集長代理が・・」
やっぱりと思った。初音は智代を説得役に選んだようだ。
「・・ラナ、「あの話」は本当なの?」
「あの話?」
「ラナが治療を拒否しているって聞いたけど、そんなことないわよね?」
どうしてこの子はこんな子犬か子猫のような目で訴えてくるんだろう。
智代は何か真剣にお願いするときはいつもこんな目をする。何度この目にヤられてきたか・・
「・・智代、残念だけど本当よ。私は、もう生きたくないの。」
「・・・!」
智代の表情が悲しみに染まる。
「なぜ、なぜそんなこと言うの?私、ラナがいてくれたから頑張ってここまでこれたんだよ・・」
「それは私の力じゃなくて智代が作家として優秀だったからよ・・」
「いや、そんなことないよ・・・作家の力を引き出すのが編集者だって私、信じてるもの・・」
「でも、私がいなくても別にどうということないわ。私ね、昔ある自己啓発書に書いてあった言葉が頭に残ってるの。
ああ、こういうことなんだぁとね・・」
「どういうことが、書いてあったの・・?」
「貴方のやるべきことの書類入れは中身が死ぬまでなくならない。そしてそのやるべきことは誰かがやってくれる・・」
「・・私も、それと似たようなことを聞いたことがあるわ。でもその警句は働きすぎの人へのもので、それは屁理屈じゃない?」
「・・・」
「私にとってラナは特別な人なの。全てにおいて完璧な編集者と作家以上の関係だと思ってるのよ・・」
「・・智代、それは買いかぶりだよ・・それに、私の代わりなら美奈がいるじゃない・・」
「美奈さんはいい人よ。少しおっとりしてる所があるけど私、彼女も好きだわ。でも、ラナは違うの!そういう次元じゃないの!」
・・・なんだか恋人同士みたいな会話だと思ってしまって、ラナは少し苦笑いした。
「ねぇ、ラナ?何が貴女から生きる気力を奪ったの?私、知りたいの・・・教えて・・!」
「編集長代理から何も聞いていないの?」
「プライベートなことだから話せないって・・」
智代を説き伏せるにはラナの過去の恋愛話をするしかない。智代が初音をやや苦手にしていることは知っている。
初音に聞けば?と突き放すことはできそうになかった。
ラナは智代に初音に話した内容を聞かせた・・
智代は話を聞き終わると、不思議な顔をして言った。
「ねぇ、ラナ?ラナの想い人の天野和彦さんって、ひょっとして総合商社の天野商事の社長さん?」
「・・・どうかしらね・・彼、自分のことはあまり話さない人だったから・・」
ラナは嘘をついた。ラナは天野和彦が御曹司だということを知っていた。もちろんサークルのほかのメンバー
も。ただ、和彦がそれに触れられるのを嫌がっている節があったのでサークル内での「公然の秘密」になって
いたのだ。
「ラナ、貴女の部屋に行っていいかしら?」
「何をするの?」
「サークルの同窓会名簿からその「天野さん」に事情を話して来てもらう・・」
「!それだけはやめて!お願いよ・・」
「なぜ?想い人に説得してもらえたら話したい、一緒にいたいという願いがかなうでしょ?」
「もう、いいのよ・・あの人はもう私のことなんて忘れてるでしょうから・・」
「どうしてそんなにネガティブ思考なの?私の知ってるラナはいつも明るくポジティブだった・・」
「人間、変わるものよ・・まして死という圧倒的力の前にはね・・」
しかし、このやり取りが智代の決意を硬くさせたようだ。
「決めた!佐野編集長代理に言ってラナの部屋、家探しさせて貰うわ。プライバシーを侵すのは気が引けるけ
ど、非常事態だもの、許してね。」
そう言い残すと、智代は部屋を出て行った。
智代は普段は優柔不断というか割と人の決めた物の後を追いかける人間だが、時々強烈な決意をする時があった。
そうなったらラナでもとめられないくらいだった。
「・・参るわね、あの子にも・・」
しばらく、唖然としていたラナだったがひょっとしたら和彦が来るかも・・という困惑に似た想いがあった。
今さら何を話すべきなんだろうか・・