第10章ー緊急入院ー

 その日、ラナは智代のところで智代の執筆作業を見守っていた。
 その作業がひと段落して、智代の入れた紅茶とお菓子で歓談していると、ラナの携帯電話が鳴った。
 「誰なのよ・・全く・・」
 と言いながら発信相手を見たら会社であった。
 「智代、ちょっと席をはずすわね」
 と言ってラナは少し離れたところで電話をとった。
 
 「はい、今井です。」
 「今井さん?私です。佐野です。貴女、今、葉山先生のところよね?」 
 いつになく取り乱している初音の声がなんだか不思議な感じがした。
 普段は冷静沈着と言える初音編集長代理が取り乱すなんて・・まさか!
 「今井さん、いましがた会社の方にS病院から連絡がありました。ただちに入院してさらなる精密検査
 が必要ということなの。
 すぐに荷物をまとめて病院に行ってちょうだい。」
 「でも、編集長代理、智代・・いや、葉山先生の担当は・・」
 「それなら岡田さんにやってもらうから!」
 初音の声は最後は金切り声みたいになっていた。
 ラナはやっぱり・・と思った。こうなることはある程度予想できていた。
 そしてこの先の展開もある程度読めたような気がした。
 はぁ、やっぱりね・・と、ラナは思った。
 なんと智代に切り出そうかしら・・
 
 「ねぇ、ラナ?今の電話、誰から?」
 「・・・」
 「ラナ?」
 なんだかいつものラナとは少し違う。様子が変だ。
 そう気がついた智代はラナに尋ねた。
 「どうしたの?今の電話、何だったの?答えて・・」
 「・・・智代、この前病院で検査を受けたって話、したわよね」
 「ええ、いろんな検査を受けたって聞いたけど・・」 
 「精密検査が必要らしいの。そのために入院しなくちゃならないらしいのよ・・」
 「・・・!」
 「しばらくは美奈が貴女を担当するらしいの・・」
 「・・・」
 
 智代の顔から血の気が引いた。
 智代が東京に出てきてからずっと智代の担当はラナだったし、いつの間にかラナは編集者と作家という
 関係を超えた存在になっていた。また友達の少ない智代にとってラナはかけがえのない友人そのもので
 あった。
 そのラナが入院・・・?
 「・・・・・・」
 智代の世界が暗転した。
 
 「・・・・・!」
 気がつくと智代の目の前の風景が変わっていた。
 智代の部屋のベッドの上だった。
 美奈がそばにいた。
 「ああ、よかった!気がついたのね!」
 「・・・ラナは・・?」
 「・・貴女のことを頼むといって病院へ行ったわ。そのまま入院ですってね。」
 「美奈さん、ラナのどこが悪いか聞いてる?」
 「いいえ、編集長代理に聞いても白黒がはっきりするまであまりことを大きくしたくない方針らしいので
 教えてくれないのよ・・」
 「そう・・」
 「とにかく、しばらくは私が担当編集者になるので、よろしくね。ラナのことで何か分かったらすぐ教えるから・・」
 「はい・・」
 
 
 智代とのディナーから約3ヶ月半、蝉の声がそろそろ聞こえなくなろうかという頃、ラナは入院した。

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