終章ー夜の編集室ー

 ここは富士出版のオフィス。
 夜の帳が電気の消えたこの部屋にも下りていた。
 その一角、薄明りの灯っている場所があった。
 ラナの机だった。
 ラナの机にはラナが写っている写真立てが立てられている。
 その前に人がいる。
 初音だ。
 しかし、いつもの初音ではなかった。
 初音は酔っぱらっていたのだ。
 編集室という職場で酔っぱらうなんて普段の初音からは考えられないことだ。
 ただ、初音はラナと写真越しであったが「飲みたかった」のだった。
 初音が酔って呟く。
 「なぁ・・今井・・お前はなぁ、私に初めて愚痴をこぼしてくれた奴なんだ。
 仕事の相談をしてくれた奴なんだ。ほら、私って何でもずけずけ言うだろ?
 だからよぉ、中々こういうこと言う奴がいなくって・・」
 普段の初音は間違っても相手をお前呼ばわりはしない。それほど酔いが回っているのだ。
 目の前にあるウィスキーをぐいっと飲んでさらに続ける。
 「そんな私にお前は色々な面を見せてくれた。お前、輝いてたよ・・私も本当は
 皆と仲良くしたいってお前に言ったよなぁ・・でも、私は自分の壁を破れなかった。
 だからその分お前には幸せになってほしかったのに・・」
 ラナの写真の前に注がれたウィスキーグラスと自分のグラスとを合わせた。かちんと音が鳴った。
 初音が続ける。
 「ほら・・お前も飲め・・なぁ、今井・・お前の恋愛は何だったんだ?皆不幸になってしまったじ
 ゃないか・・葉山先生は物語が書けなくなっちまうし、岡田は精神が壊れて天野さんは会社を潰し
 てしまった・・影崎さんは、三千院さんを殺してしまった・・」
 
 初音はしばらく物思いにふけっていたが一通の封書をバッグから取り出した。
 それをしばらく眺めていたがからびりびりと破り捨てた。
 「・・・私には・・」
 編集室の電気が消されてオフィスは街灯の光が入って来るだけになった。
 ゴミ箱には破り捨てられた初音に宛てられた手紙。
 それは郷里の初音の両親からのもので、初音にお見合いを勧める手紙だった・・
 (了)

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