初音から電話を受けた翌日、秘書の袴田に留守を任せて和彦は初音が指定したカフェに行った。
カフェにつくと初音はすでに来てコーヒーを飲んでいた。
「すみません。時間に遅れちゃったかな・・?」
「いいえ。私が早く来たのです。」
初音は事務的ともいえる口調で言った。
和彦はコーヒーを頼むと、初音に切り出した。
「佐野さん、一体今井に何があったのです?」
答える代わりに初音はコーヒーカップをテーブルに置いた。
カチャッという音が少し大きいのは気のせいか?
不審がる和彦。
「天野社長。社会的地位もある貴方にこんなこと言うのは差し出がましいし、無礼千万であ
ることは承知しています。でも。」
初音は表情を変えずに言葉をつないだ。
「どうして、今井に会いに行ってやらないんです?今井は貴方の面会をとても楽しみにしているんですよ。」
和彦はごくっと唾を呑んだ。
言いたい。瑠奈のことを。でも言ったらこの人まで巻き込んでしまう・・
黙り込む和彦を横目に初音はコーヒーを口に含んだ。
「・・今井はね、自分がそう長く生きられないことを知ってしまったの・・」
「!」
「私の部下でね、岡田という今井の同僚がいるんだけど、病院の先生と話してるのを今井に聞かれたんですって。
本当にドジな娘・・」
「多分今井の心には貴方と少しでも長い時を共有したいという想いしかないんじゃないかしら?」
「・・・・」
黙る和彦。初音が畳みかける。
「天野社長、今井が嫌いになったのですか?私が見る分には少し前まで貴方は今井にとてもよくしてくださっ
てるように思いましたが・・?」
「それは・・」
その時、和彦の携帯が鳴った。
電話を取ると瑠奈の声がした。
「和彦さん、袴田さんは騙せてもわたくしは騙せませんわよ。東都商事に確認したら貴方に電話した事実は
ないと仰る。貴方は何の用で会社を抜け出してるのか・・。これは一刻も早く「悪い芽」は摘む必要があり
そうですわね・・」
瑠奈の口調はいつも通り穏やかだ。しかしその背後にはどす黒い感情が渦巻くのを感じ、和彦の全身に悪寒
が走った。
電話を切ると、和彦は初音に向って言った。
「すみません、急用が入りました。今井の件はまた今度・・」
「ちょ・・天野社長!」
茫然と立ちすくむ初音を背に和彦は走った。
まさか瑠奈が嘘を見破るほど機転のきく人物だとは思わなかったのだ。
会社に戻ると、瑠奈はいなかった。
袴田に聞くところではちょっとすることができたと言って帰ったそうであった。
瑠奈の次の一手が何か全く読めない和彦。
瑠奈に連絡を取ろうとしたがそもそも瑠奈は今どきの人間にしては珍しく携帯電話を持っていない。
「・・・・」
和彦は神経がやられそうな錯覚に陥った。