序章:今井ラナの華麗なる憂鬱
私、今井ラナ。アパレルメーカーに事務員で務める普通のOL。毎日が仕事や趣味の映画鑑賞に忙しく
、気がついたら周りは皆結婚していった。親戚からも「早く結婚しろ」とか「子供の顔を見せてくれ」といわれ
る年齢になった。
私は恥ずかしながら、今まで男の人と付き合ったことがない。
恋愛小説やドラマは好きでよく見るが、そんなもの、私には縁がないと思っていた。
そう、あの日まで・・
第1章:出会いは突然に
私がある日、繁華街を歩いていた時のことだった。その日の私は見たかった映画を見て、おいしいスイー
ツを食べることができてすこぶる気分が良かった。
そうしていたら、見慣れない男性が声をかけてきた。
「あのー、すみません。このお店の場所、知らないですか?」
メモされた店の名前を見たら私が行ったことのある店だ。大まかに場所を説明してじゃあ・・といってその
場を去ろうとすると彼が手をとった。
「あの・・電話番号交換しませんか?」
はぁ?と思ったが、ああ、これが俗にいうナンパというやつか。一度話の種に付き合ってみるか、と思い、
電話番号を交換して別れた。
名前を聞くと彼はカズキと名乗った。私も名乗ってカズキとの付き合いが唐突に始まった。
第2章:波長の合う人
私は、これまで男の人とは意見が合わないというか考え方が根本的に違うものだと思っていた。
しかし、カズキと会う機会を重ね、話をしていくうちに彼と私には趣味や好きな物の傾向においてとても共
通点が多いことに気がついた。
たとえば私はクラッシック音楽が好きなのだが、カズキはクラッシックにも詳しいだけでなく、私があまり興
味引かれなかったJ-POPの流行歌などにも詳しく、CDを貸してくれたりした。
そのCDがまた私の守備範囲にピッタリで私はその歌手のCDを買いあさってしまったほどだった。
カズキはよくジムに通っているとかで筋骨たくましい体をしていた。とてもたくましい体で私の華奢な体型と
はある意味好対照だった。
そうしてお互い話がはずむ機会を重ね、半年ほどが経ったときだった。
カズキが言った。
「俺たちって付き合ってるようにみえるのかな?」
「まぁ、傍目にはそう見えるでしょうね」と、私は言った。
「それならいっそ付き合わないか?」
・・・
私の目の前が漂白した。そう、いつの頃からか私はその言葉を待っていたのだ。
「・・・やっぱり、だめかな?」
といって照れ笑いしているカズキを目の前に私の答えはイエスかハイしかなかったのだった。
こうして私たちは出会いから半年、「友達」から「恋人」関係になったのだ。
第3章:恋人関係
恋人関係になった私とカズキはデートを重ねた。
カズキは私の知らないことをいろいろ知っていて、私をとても楽しませてくれていた。
カズキも私ののほほんとした性格が気に入ったのだろうか、肩が凝らないと言ってくれた。
私はもうまさに最高調な気分を味わい、公私ともどもにとても充実した日々を過ごした。
私はいつしかカズキとの結婚を本気で考えるようになった。
付き合い始めてもう1年以上たったし、もうお互いのことはよく知っていると思っていた。
しかし、それは私の独りよがりな思い込みだということを後に私は知ることになるのだ。
第4章:すれ違い
それは今から思えばささやかなことだった。
ある日、私とカズキはいつもどおりデートをする約束だったのだが、前日の夜になって集合時間を忘れてしまった。
まぁ、実際はそれにかこつけてダベろうという魂胆もあったのだが、私はカズキの携帯に電話をかけた。
出なかった。留守電になっていた。
メッセージを入れて電話を切ったが心配で心配でならない。
また携帯を手に取り、かけた。
やはり出なかった。
私の中で急速に不安が膨らんでいく。
カズキは何をしているんだろう。
なぜ電話に出てくれないんだろう。
デートの時間は・・?
そんな不安に耐えきれず、リダイヤルをしまくる私がいた。
・
・・
・・・
朝になっていた。
発信件数が保存できないくらいかけたがカズキは出なかった。
第5章:豹変
結局、その日のデートにカズキは来なかった。
一日、待ち合わせ場所でまち、カズキの携帯に電話をしたがカズキは出なかった。
カズキ、どうしたんだろう?病気でもしたんだろうか?
それとも何か事件に・・?
思い立った私は一回だけ彼から送られてきた手紙をもとにカズキの住所を探り当て、行ってみた。
カズキの住まいは普通のマンションだった。
夕やみ迫る中、恐る恐る彼の部屋番号のインターホンを押した。
「はい、どちら様ですか?」
なんと、カズキはいた。
「ラナです、今井ラナ」
「・・・・」
気まずい沈黙が流れた。
「まぁ、立ち話もなんだから部屋に来て話をしよう」とカズキは言った。
カズキの部屋は思った以上にかたづいていて男の一人暮らしにしては男の匂いを感じない部屋だった。
しばしの沈黙の後カズキは言った。
「なぁ、正直に言わせてもらうと、俺、お前が怖いんだ」
「携帯の着信履歴、お前の履歴であふれていたよ。あれ見て俺、怖くなったんだよ。その上、おれの家ま
で押し掛けてくるだろう?彼女って言ってもお互い守るべき部分はあるんじゃないか?」
「それは、カズキが今日のデートに来なかったから・・」
「昨日は俺、仕事関係で一日電話、切ってたんだよ。そうしてオンにしたら着信履歴があふれててよ、正
直背筋に寒いものが走ったよ。」
「だって・・」
「とにかく、俺はお前が怖いんだ。少し距離を置かないか」
「それって別れるということ?」
「うーん、遠まわしに言ったつもりだったけど、その通りだ。」
「私は・・イヤ!」
「ラナ・・」
「だって、カズキは私のすべてなのよ。一緒にいて楽しいし、結婚まで考えてるほどなのよ」
「結婚って・・俺はまだそこまで考えていなかったよ・・・」
「とにかく、私、絶対に別れないわ」
「そんなこと言ったって、俺が付き合いをやめようといってるのに・・」
「カズキは今、頭が混乱しているのよ。だから世迷言を言っているのね。そういえば部屋がやけに片付いて
いるように思うけど、だれか女の人でもできたのかしら?だから私が要らないと・・」
「ラナ、それは考えすぎ・・」
「そうよ!誰か知らないけれど、女狐がカズキをたぶらかしてるんだわ。私、カズキを諦めない。絶対私のも
とに取り戻してみせるわ」
「・・・ラナ、お前、大丈夫か?妄想も大概にしてくれよ」
「あら、私は論理的に考えた筋道を話しているのよ。カズキ、女がいるならいって。私、その女ときっちり話を
つけるわ」
「俺にはそんな人いない・・」
「じゃ、なぜ別れようなんていうの?私に飽きたとでもいうの?」
「だから俺はお前が怖くなったんだよ・・」
「まぁ、いいわ。今日はこれで引き揚げるけれど、私、あなたを絶対に離さないわ」
戸惑うカズキを尻目に私はカズキの部屋を後にした。
あのカズキが私を恐れ距離を取ろうなんて考えられなかった。考えたくもなかった。
きっとカズキは誰かに変なことを吹き込まれたか別に女ができたに違いない。そう考えると闘志に火がつい
た。
第6章:仲介者
私が、あれこれ考え始めたころ、電話がかかってきた。
私の大学時代からの友人、天野初音だった。
「ねぇ、ラナ、今度会えるかしら?」
「いいわよ、しかし珍しいわね、貴女から電話をくれるなんて」
「最近会っていないしね。いろいろ積もる話もあるし・・」
というわけで、初音と日曜日にテーマパークの喫茶店で待ち合わせをした。
初音は開口一番、こういった。
「ねぇ、ラナ?カズキさんとこじれてるって風の噂に聞いたんだけど?」
「え・・う、うん・・ちょっとね・・」
「ラナ、私にできることがあったら何でも言ってね。私、ラナには幸せになってほしいの」
初音のこういうときのしぐさはまるで懇願する子犬のようでとても「ノー」と言えない雰囲気を醸し出してくる。
「それならね、初音。ちょっと調べてほしいことがあるのよ。」
「え、何?」
「カズキに私以外の女がいるか調べてほしいの」
「・・・カズキさんってそんなことするような人じゃないって前にラナ、言ってたように思うけど?」
その瞬間、私の中で何かが壊れた。
私の頬を涙が伝う。
「え、ち、ちょっと、ラナ?どうしたの?」
私は伝えた。カズキの態度が豹変したこと、別れを告げられているが私自身が別れを認められないこと・・
などなど。
私が落ち着くのを待って、初音は言った。
「了解よ。しかしなぜ態度を変えたのかしら?たしかに謎がありそうね。わかったわ、私の情報網で調べて
みるわ。まぁ、私の情報網はあまり広くないけど・・」
「ありがとう、初音。しゃべったらすっきりしたわ。」
「こんなことでいいのなら、いくらでも相談に乗るわよ。あ、でもコーヒー代くらいは持ってよね」
ニコッと笑った初音。
私もつられてほほ笑んだ。笑ったのは何日振りだろう。
第7章:禍々しい真実
初音がいろいろ調べてくれると言って別れた後も私はカズキにメールを送ってみたりした。
しかし、メールアドレスは途中から変更されてしまった。
もちろん私に変更の連絡はなかった。
手紙をしたためてみたが、見事に返事はなかった。
そうした日々が続き、初音からも何の連絡もないので、私は久々にカズキのマンションに出かけてみた。
カズキのマンションは駅から歩いて数分の住宅地の奥まったところにあった。
曲がりくねった細い道を歩くこと数分、カズキのマンションへの最後の曲がり角を曲がった時、私は目を疑
った。
なんと初音が出てきたのだ。
初音の家はここからかなり離れたところにあってなぜ彼女がそこにいたのかわからなかった。
初音は周りを見渡すとそそくさと路地に消えていった・・
これはいったいどういうことなんだろうか?
私は数日、考えた。
そうして私の考えは、恐ろしい「真実」に辿り着いた。
第8章:止まらない連鎖
私はその日のうちに初音に電話をかけた。
彼女は言った。カズキの部屋に行ったこと、その理由は私への気持ちが覚めた理由を聞きに行ったという
ものだった。
しかし、私は疑心暗鬼に陥ってしまい、初音とカズキは付き合っているんじゃないか?という疑念に苛まれ
るようになった。
カズキは相変わらず私の手紙や電話を無視し続けた。
初音とも、先の疑念に苛まれて以来、距離を取るようになった。
初音からはよく電話がかかってきたり、外出の誘いがあったが適当にあしらった。
そうしているうちに、私はカズキを「私だけのもの」にする完璧な計画を立てた。
第9章:そして、その時は、来た。
私は、仕事を休み、カズキのマンションに出かけた。インターホンを押しても扉をあけてくれないのは分か
っていたので、カズキが仕事から帰ってくるのを待つことにした。
待ち時間は長かった。しかし、同時にこの問題、この苦しみに今日でめどがつくと思うと少し嬉しくもある
という奇妙な気分であった。
夕方遅くにカズキが帰ってきた。物陰に隠れていた私だが、扉が開くのを確認したら無我夢中で走った。
そうしてぎりぎりでマンションに滑り込み、カズキと鉢合わせする形になった。
「ラ、ラナ・・」
動揺を隠さないカズキ。そんな彼に私は言った。
「話があるの。お互いの今後のこと。今日ばかりはちゃんと話しあいましょう」
しばしの沈黙の後、了承するカズキ。
久々に通されたカズキの部屋。相変わらずの乱雑っぷりだったが懐かしかった。
カズキはコーヒーをいれて現れた。そうして開口一番言った。
「ラナ、もう終わりにしてくれ・・」
懇願するような、いや、実際カズキは私に別れるように懇願しているのだ。
その目を見ているうちに私の中で勃興しつつあった感情が頭をもたげてきた。
「・・そう、仕方ないわね・・」
私が言うと、カズキの表情にほっとした色が走る。
「そうだ、最後だし、私の写ってる写真持ってきてくれないかしら?持ち帰って処分したいの。」
「ああ、わかったよ。たしかアルバムは・・」
といって立ち上がったカズキ。その後姿を、私は服の中に忍ばせていた包丁で一刺しした。
「がはっ・・」
たおれるカズキ。床には血だまりがどんどんその面積を大きくしていく。
「ラ・・ナ・・なぜ・・」
私は泣きながら言った。
「あなたが悪いのよ。こんなに私を本気にさせておいて、ぽいっと捨てるなんて、許さない!」
そうしてとどめの一撃を彼に与えた。
「・・・・・」
目の前の物体はカズキだった。しかし今は物言わぬ肉の塊になった。
私はそのカズキだった物体の指先の肉をそぎ取ると、口に入れた。
肉塊は固く、まずくて、何度も吐きそうになったが、必死に飲み込んだ。
飲み込んだとき、私は果てない征服感と一体感を味わった。
これでカズキは私の一部分になったんだ。
終章:偏愛
私は警察に捕まり、裁判の結果、実刑判決が出て、刑務所に入った。
刑務所にいる間、初音がよく会いに来たが、私にはもう初音のいうことがどうでもよかった。
私とカズキは一体になったんだから、もうほかはどうでもいいと考えるようになった。
数年の刑期を経て、私は出所した。模範囚だったのが幸いしたのか、刑期は当初より若干短かった。
出所のとき、門で待っている人はいなかった。
初音には出所の日は黙っておいてくれと頼んでおいた。
両親はこの事件がショックだったのか、私が手紙を書いても梨のつぶてであった。
ただ一通だけ手紙が来て、「おまえはもう私たちの娘じゃない」という旨のことが書かれていた。
そうして孤独になった私はとある地方の漁村に小さなアパートを借り、名を変えて落ち着いた。
小さな漁村だったので、最初こそ詮索されたが、うまくごまかしがきいて今ではこの辺の人たちは私の
語る偽りの過去を信じている。
一度だけ初音が行方不明者を探す番組で泣きながら私を呼んでいた時はさすがに慌てたが、幸いその
番組を見ている人は少なく、小さな噂がたった程度だった。
孤独だが、私は幸せだ。カズキは私の肉体の一部になった。もう何もいらない。
私とカズキの時間は永遠に続くのだ・・
(了)