あにまりあの徒然日記S.S(2006・5月)
5月1日(月) 「悲しいことが多すぎる」

最初に断っておくが、私は別に近親者が病気だとか亡くなったとかそう言うわけではない。
それよりももっと根が深いように思えるので根が深いように思えるので、たちが悪いのだが。
最近、この世界には悲しみ、怒り、苦しみが満ち溢れているような感触に包まれることがある。
人は思うように動いてくれないし、時の流れはすべてを変えてしまう。
私はこの時の流れの無情さ(無常でもいいが)が凄く悲しい。
幸福は長続きしないし、愛する人たちもいつまでも元気でいるわけではない。もちろん自分自身も永遠ではない。花が咲くのはほんの一瞬。それからしおれて、枯れて、地面に落ちる。
無論、悲しみや苦しみを全否定はしない。それらがあることで、喜びや楽しみが際立つというのもまた事実なのだから。
昔から気づいてはいたものの表に出なかっただけであるが、私の心は凄く悲しみの電荷を持っていると化学的に書いてみたりもする。
5月2日(火) 「アルバイト」

大学のときからやっているもの。
最初、コンビニエンスストア「ロー○ン」の深夜勤をやった。
私は人嫌いなのだと思っていたが、案外お客さんは冷たい人ばかりではないことがわかった。余談だが、レジでおつりを渡すときにお客さんから「ありがとう」といわれて凄く嬉しかったので私は今では常に言っている。
数年間のブランクを経て、交通量調査員をした。これは実に気楽だったが(あまり喋らなくていいので)これについては以前にコラムを設けているのでそちらを参照されたい。
5月3日(水) 「活字中毒」

別に自慢ではないのだが、私は一年365日毎日何らかの活字を読んでいる。
主だったところでは新聞の朝刊、夕刊は必ず目を通す。
それ以外にも本を読んだりするので一年のうち活字を読まない日はたぶんない。
最近ではそれが進んで活字を読まないとなんだか変な気分になってしまう。
そう言う意味ではこれはもはや「中毒」ではないかと思ったわけである。
両親に聞くところでは私は小学校高学年の時にはすでに一般紙を読んでいたとか。ということはもうかれこれ15年ほど毎日活字を読んでいることになるのだ。
5月5日(金) 「祝・結婚5」

従姉妹の結婚式があった。今時では珍しいかもしれない(私は十数年ぶりに見た)神式の結婚式だった。
料理は美味しく、堪能した。
従姉妹の親族だけで30人もいた。旦那さんの親族は高知出身のせいか10人ほどだった。
さて、この日私はカメラを持っていかなかった。
他の親戚がカメラは持ってきてるだろうと思い、カメラは重いと家においてきたのだ。
そうしたら・・カメラ、誰も持ってきてない・・
従姉妹にはかなり悪いことをしたものだ。
5月7日(日) 「掲示板スパム」

掲示板に意味不明の言葉もしくはアドレスの羅列が書き込まれるもの。
広義には日本語のワンクリック詐欺系の書き込みも含むかもしれない。
最初、去年の10月ごろだったと記憶してるが日本語のいたずら書き込みがなされた。
しかし、IPを控えてみたら共通部があったのでそのIPを書込み禁止にすることで日本語の書き込みは排除できた。
年が変わろうかという頃から、今度は英語の書き込みが入ってきた。
最初はIPにも共通部があったので随時書込み禁止にしていった。
しかし、やがてランダムなIPになってきて、対処できなくなった。
シン・ハン氏というアリ仲間にディレクトリを変えてみたら、というアドバイスを貰い変えたら排除は出来たが対症療法の面はあるなぁと思い、抜本的解決法を探していた。
そんな折、掲示板のCGIを改造して掲示板スパムを排除しましょうというサイトを見つけ、導入した。
幸い、フレームにしてアドレスが収集されにくくなったのか、今まで迷惑書き込みは1回だけだった。
インターネットの掲示板を見ていたら結構スパムに侵されているのをみかける。
一体どういう方々が(機械的プログラムが書き込んでるらしいのだが)こういうつまらない事をしてるのだろうか。
5月8日(月) 「時を越えて存在しているもの」

私は物を大事にする。というか単純に捨てられないだけなのだが、それは以前にここで書いたように思う。
表題、時を越えて存在しているものとは捨てずに使っているもので長年使っているものの事である。
ナップサックがある。黒くくたびれているのだが実はこれ、少なくとも20年使っている。
少なくともと書いたのは小学生のとき、使い始めたときいつの間にか存在していていつの段階で我が家にやってきたか不明だからだ。
これは外出用、すなわちハイキングと図書館に行くときしか使わない。
だからここまで長持ちしているのだ。
3月に後継になる茶色のナップサックを購入し、少し出番が少なくなったがそれでも大御所(?)として君臨し続けるだろう。
5月10日(水) 「パチンコ」

意外に思われるかもしれないが、私は実はパチンコが好きである。
お気に入りは「CR海物語」。絵柄が綺麗だし、リーチアクションも面白い。
この機種でて結構経つと記憶しているが今でもパチンコ屋にはたくさんの台が置いてある(バージョンアップはしているとは思うが)。
私とパチンコの出会いは大学時代だった。
高校の友人が高校時代に「モナコサーカス(という機種があった)がいい!」と再々言っていた。
卒業後、初めてパチンコ屋に足を踏み入れたとき(朝10時開店のときの軍艦マーチもその時初めて聴いた)そこにその「モナコサーカス」があった。
打ってみたら、なんと500円で大当たりした。あの時は本当に大笑いした。
やがてモナコサーカスはなくなっていき、代替の機種を探していたら出てきたのが前述の「海物語」である。
私は今では年に一回も打てばいいほうだが、それでもあの雰囲気はすきなのである。ちょっとタバコくさいのはタバコを吸わない私には少し煙たいが。
5月15日(月) 「花見学会」

掲示板2に時々出現されるのび(または馬鈴薯)氏提唱の会。同じく掲示板2に時々出現されるymdm氏と私の計3人が会員。
創立は1999年。当時、大学生だった私たちは日曜日にも学校に来ていたのだが丁度4月で桜が咲いていたのでのび氏が「桜を見ながらお菓子を食べよう」という風な趣旨の発言から創立された。
会長はなぜかのび氏ではなくymdm氏。私の肩書きは常任理事(といっても勝手に名乗っているだけなのだが)。
大学卒業後もしばらくは集まるたびに花見学会の名を冠していたが、花見学会会員のうち、私以外は皆関西からいなくなってしまい、この会も寂しくなってしまった。
5月16日(火) 「孤独」

私は孤独が好きな部分がある。当たり前なのだが私は他の人の心を完全に読むことは出来ないので他の人が同じように感じているかはわからない。
私はどんなに愛した人でも少しは自分の時間を持たないと息が詰まってしまう人間だ。それは別に今に始まった話ではなく、物心ついたときからそうだったようだ。
孤独はとても気楽だと思う。すべて自分一人で完結してしまうし、他人に気を遣うこともない。しかし、だとしたらなぜこんなにも人寂しいときがあるのだろうか。
5月17日(水) 「お酢」

私はこの2,3ヶ月、食の好みが少し変わったように思える。代表的なものが、お酢と明日記述する生姜が好きになったことである。
私は実はお酢が苦手だった。普通の食用酢なのだが、どうにも味にトゲがあるというか酢の匂いと味が刺さるというか要するにきつく感じられたのだ。
しかし、3月頃に新香(しんこ)という小さな魚を我が家では毎年酢醤油で食べるのだが今年はあまった酢醤油を飲めるくらいになった!(たいした量ではないのですが)
食の好みは本当に変わるんだなぁと驚いている。
5月18日(木) 「生姜」

昨日に引き続いて食の話。
私は小学校2年のときに生姜湯を飲んだ直後に自家中毒になってしまい、それ以来生姜が嫌いだった。
すりおろした生姜は多少は食べられたが、形がそのまま残っているのは食べられなかったのだ。
しかし、最近はお寿司についているガリにせよ、生姜がついているものは食べないと口寂しいというか変な感じになる。生姜を食べたら舌がリフレッシュされるような感覚になるのだ。
というわけで最近生姜がマイブームなのだ。
5月20日(土) 「祝・結婚6」

友人の結婚式があった。式が朝の10時からという凄く早い時間だった。
この友人は大学時代の友人なのだが式に来ていた参列者には卒業以来ご無沙汰という面子もいた。
結婚式は成功のうちに終わった。
余談だが彼の奥方とは3回しかあっていないのに私の名前を覚えてもらっていたのには驚いた。
一つだけ残念なことは前日の夜、中々寝付けず2次会のときに強烈な睡魔が襲ってきたことであった。これさえなければ完璧だったのに。
5月21日(日) 「積み木」

人生は積み木を積むことに似ているような気がする。一日に積む積み木は僅かではあるが積もり積もって後から振り返ると結構な数の積み木を積んでいることに気がつく。
さて、私は大学院のときに病気になって積み木を壊してしまった。
そうして平らになったところに新しいキャリアを積んでいくのだが、最近時々ではあるがこの積んだ積み木を意図的に壊したい衝動が見られるようになった。
積み木は積み上げたときよりも初期のころに積んでるうちが一番辛いがやりがいのあるときでもあると思っているのだ。
そうしてこの「積み木を平らにする理論」を実践しているところがある。
それはこの「徒然日記S.S」である。
今月、私は毎日日記を書かなかった。これは意図的にそうしているのだ。日記といってもあまりその日にあったことを書かないので後からまとめてつけて日にちを連続させることも出来た。
しかしそうしなかったのは毎日つけたら絶対私は毎日つけないといけないという枷を自分にはめることになるのでそれを嫌って日にちを「意図的に」空けているのだ。
5月24日(水) 「ダンゴムシ」

記憶の限りでは私が一番最初に飼育した虫。昆虫ではカブトムシが最初だったと以前書いたようにも思う。
たぶんこのダンゴムシのほうが時期的に早いのだが定かではない。
このダンゴムシ、我が家の家の横の土の小道に結構生息している。
小学校1年だったと思うが飼育容器にダンゴムシと土と餌の植物の断片を入れておいた。
そうしてしばらくみなかった。放置したというやつだ。
思い出してみたら・・かなり増えていた。子供を生んだようで小さなやつがわらわらと。
怖くなって逃がしてしまった。それくらい増えていたのだ。投入した数も結構あったと思うのだが・・・
それでトラウマにならなかったのはなぜなのだろうかと思うこともある。
5月27日(土) 「タブブラウザ」

インターネットエクスプローラ6では新しく窓が開くのだが、タブブラウザは新しくタブが開くようだ。
先々週の土曜日、戯れにと思ってSleipnirというソフトを入れた。
モジラも良く聞くのでそちらにしようかとも思ったが国産というのとダウンロードしたファイルがこっちのほうが小さかったのでSleipnirにした。
最初、窓が開かずタブが次々に開いていくのでページ移動の際面倒だとも思ったが慣れてきたら新しくそのページにアクセスせずともタブさえ開いた状態で窓を閉じていたら再度窓を開くと自動的にアクセスしてくれることがわかった。
慣れてきたら結構便利だ。
5月29日(月) 「ミゴー」

ミゴーとはパプアニューギニア、ニューブリテン島のダカタウア湖という湖に生息するといわれる謎の水棲獣のことである。
さて、今でこそ、私のサイトはアリ系として皆さんに利用いただいているのだが、多くの方々と出会うその1年前にあったことを書こうと思う。
2003年のことだった。
当時私はHP上でメールアドレスを公開していたのだが私にこういうメールが来た。
「雑学の間にあるミゴーの記事、読みました。そこであにまりあさんが当時放映されたミゴーを写したというテレビ番組のビデオをお持ちとあったのですがぜひ貸していただけませんか?」というものだった。
ちなみにこのテレビ番組とはTBSの「THE・プレゼンター」という番組で名高達夫がプレゼンターとなってミゴー撮影・捕獲に挑んだテレビ番組のことである。確か1994年か95年の放送だったと記憶している。
最初、面食らった。それまでネットオークションでしかネットのお付き合いというのはしたことがなかったし、トラブルの話も聞いていたからであった。
しかし、結局ビデオを貸したのだった。結果、「とても参考になりました、ありがとうございます!」という旨のメールが届いて、ビデオも返ってきた。
それがリンクにある「バリツ道場」の管理人さんでその後、そのテレビ番組以前のミゴーの情報を驚異的な探索力で文献を探しだし、記録にまとめられた。
その年の夏、私にまたメールが届いた。
差出人は早稲田大学探検部員。この早稲田大学探検部はアフリカ・コンゴのモケーレ・ムベンベという怪獣について以前に調査を行っていてその道では結構有名なのではないかと思うのだが、その方たちが「ミゴー調査をしたいと思っています。そこで参考資料としてビデオ、お貸しいただけませんか?」というものだった。そのような有名なところの助力になれるならと言う思いと、一回ビデオを貸してトラブルもなかったのでほいほいと貸したのだった。
結果はメールが届いたがいずれ彼らが記述する機会があるかもしれないと思うのであえて書かないでおく。
そういう「出会い」が2003年には、あったのだ。

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