あにまりあの徒然日記Tetra(2015・4月)
4月1日(水) 「失った信頼」

昨年の夏の終わり頃からHPビルダーでHPデータを編集すると時々ではあるが、サーバー上の画像ファイルが壊れたり、スタイルシートがおかしくなって真っ白になったりと散々な事になることがある。
今でも時々起こる。
転送後、いちいち壊れた画像ファイル(大体1キロから3キロバイトほどローカルフォルダのものより小さくなっているので何か壊れているらしい)を確認し、転送し直すのがめんどくさくて仕方がない。
一度こう言う症状が出ると、毎回この作業をしなくてはならない。
上手く転送されていると「ふーん」と言う程度の感想。
ダメなら「またか」となる。
一度信頼を失うと、回復は難しいね。
4月2日(木) 「桜Max」

パチンコの機種ではなく、花の桜が満開になったと言う意味。
今日、あまりに良い天気で気温も快適だったのでお昼休みに職場の近くを歩いてみた。
桜の木の下で花見をしている姿が見られた。
非常に残念なことだが、明日から天気が崩れ、週末は雨も降ると言う。
残念至極だが、天気には勝てないのかもね。 
4月3日(金) 「また雨ですか?」

昨年、雨で花見が流れた。
今年は行けるだろうと思っていたら予定日の明後日は雨予報。
2年続けて流れるとしたら、残念極まりない。
何とか曇りで良いので持って欲しいと思うのは、望み過ぎ? 
4月4日(土) 「大逆転」

昨日まで、今日は枚岡に行く予定だった。
しかし、今日は予想以上に気温が高かったので猪名川に下見のつもりで出かけた。
アリ日記に書いたので詳細はそちらに譲るが、かなりアリが飛んでいた。
時期的に今日は早いだろうと思っていたが、まさかの今日。
期待せずに出かけた分、喜び嬉しさもひとしおだった。
期待の初期値が低いと良いことがあった場合に嬉しさ、喜びが大きいね。 
4月5日(日) 「無念」

花見に行こうと思っていたが、朝から雨が降ったり止んだり。
昨年に引き続き、今年も花見は中止にした。
満開の桜を満喫しようと思ったが、出来ず。
・・無念。 
4月6日(月) 「何もしないと決めると」

昨日のこと。
花見に行こうとしたが雨で中止になった。
そうすると、何もする気がしなくなり、結果うたた寝を繰り返して過ごした。
最近、どうも疲労が抜けきらない感じがしたので、それはそれで一向に構わないのだが、何にもする気もしなくなった。
適当に「何かすること」を作っておかないとだめだね。 
4月7日(火) 「いつの間にか」

しもやけは融けてしまった。
去年は今の時期でも出来ては消えを繰り返していたが今年は今の所そう言ったこともなく、大人しくなった。
そうですよね、もう4月に入ったんですものね、出来なくて当たり前なんですよ・・。 
4月8日(水) 「眉をひそめる」

最近、何かあるとこれをしている事に気が付いた。
個人的にあまり歓迎することではないと思うが、内心が表面に出てきていると言うことは少しは感情表現の面からは良いのかなと思ったりもする。
良く、眉間にしわが寄ると言う表現を聞くが眉をひそめると本当にしわが寄ってるのを実感できる。 
4月9日(木) 「木曜日」

今日は木曜日だ。明日は金曜日だ。
当たり前のことである。
この前、日曜日だったと思えばもう木曜日。
この前、正月だったと思えばもう桜が散ろうとしている。
記憶はあるし、日記も書いてある。
それなのに、何だろう、この毎日が秒速で過ぎていくこの感覚は・・ 
4月10日(金) 「さて・・」

金曜の夜だ。
週末、土日に何をしようか思案する至福の時でもある。
この週末は比較的簡単に予定が立ったのであまり深刻に考えずに済んで楽だ。
それでも、こうやって「休日に何しようか」って考えるのって楽しいですね。 
4月11日(土) 「面白くない」

大阪城付近を少し走ってみた.。
桜は完全に盛りを過ぎ、満足できるソメイヨシノはあまり残っていなかった。
造幣局の通り抜けを歩いたが、人がとても多くじっくり見ることは出来なかった。
本当に先週雨で潰れたのが痛い。
残念だ。 
4月12日(日) 「歩いた」

久々に万歩計をセットして歩いてきた。今日が終わった時点で21775歩。
歩数の割にそれほど疲れていない。
というか、まだもう少し歩き足りない感じさえある。
行きがロープウェーを使い、妙見山から猪名川に移動するときに電車で移動したので座れて休憩できたのが大きかったようだ。
それにしても冬の間はここまで歩こうとは思わなかった。
気分的にも春が来てるんだねぇ。 
4月13日(月) 「アメ、キライ」

終日雨。
真冬ほどではないが、春のこの時期でも雨の日は苦手。テンションが上がらないから。
もう少し暖かくなると雨の日でもそこそこ明るいのでさほどダメージは喰らわないのだが、どうも秋から春の初めころの雨の日は苦手だ。 
4月14日(火) 「思索の時間」

何て大仰なタイトルをつけたが何てことは無く、「ゴールデンウィークに何をしようか」と言うことを考えているのだ。大型連休である。どこに行こうかと考える時間。それは楽しい。
しかし、昨年一日休日を持て余してしまった。実にもったい無かった。
そういうことが無いように、と思うと予め行きたい場所や、やりたい事をリストアップしておくことが肝要だと思う。出ないと考えている間に一日が終わりかねない。
とりあえず残り2日以外は予定を立てた。あと2日分、どこに行こうか、何をしようか・・ 
4月15日(水) 「今井ラナの徒然日記(93)ー新しい人ー」

春が来ました。
私の所にも新しい人がやってきました。
見て思ったことは何かと言うと、「若いなあ」 って。
こういうことを感じると言うこと自体、私がもう「若くない」と言うことの裏返しと思えなくもない・・
4月16日(木) 「驚愕した事」

昨年のゴールデンウィーク、私は物凄く暇を持て余した日があった。
暇をもてあまし、1999年から毎年購入しているリフィルのデータを電子化の名の下スマホアプリ「ジョルテ」に放り込んだと昨年5月5、6日に書いていた。
今日、ふとそれからほぼ1年が経過したことに気がついた。
昨年ゴールデンウィークにそれをやったことは記憶していたが、それからそろそろ1年経過すると言うことは全く実感が無かった。
だから、今日1年の経過に気がつき、とても驚いた。 
4月17日(金) 「腹痛ではないけれど」

腹痛は無いが、お腹が通る日。
時々こう言う日がある。
恐らく溜まったものを体が徹底的に出そうとしているのだろう。
明日は休日なので、この際だから体にお付き合いすることにした。 
4月18日(土) 「一週間前のネタだけど」

先週、11日土曜日の明け方夢を見た。
しれがあまりにもぶっ飛んでいるので覚えていた。
書こうかと書くまいか迷っていたが、備忘録的に書くことにした。

とある公園にある公衆トイレ。
その前に側溝があり、蓋がしてある(正方形のブロックのような形で小さな区画ごとに外せるタイプ(と言って通じますかね?))。
夢の私がそれを1つ外すと口が上を向いている配管があった。
その配管は黒いビニール袋で口を縛ってあった。
そのビニールを外す。
どうも夢の私は最後に外した後口を縛るのをしなかったらしい。
それからその側溝の上に立ち、外したブロックのすぐ近くに立っていると、その配管のある部分の蓋が決まって「がこっ」と外れる。
蓋は内部に落ちる。
傍に立っていた私がぎょっとする。
どうもその蓋ごと私を闇に落とそうとしているらしい。
そして、しばらくして某ホラー映画のごとく配管から手が出て、白装束の長い髪の人物が這い出て来る・・。

そして目が覚めた・・訳ではなく、場面が変わった。
ある晴れて凪いだ海で一つの船団(映像では漁船の集まりだったようだ)が忽然と消えた(この部分は「奇跡体験アンビリバボー」のナレーションの声であった)。
夢の私は顔を覚えていない女性と一緒にその船の中の一艘の客室っぽい所にいた。
夢の中の私はうたた寝を始めた。どうも夢を見たらしい。
その夢の最後で水があふれる夢を見た。
その瞬間、夢の私は海に投げ出されていた。水面に浮きあがって様子を見ると大きな波が最後の一艘を飲み込む所だった。
傍に浮いていた座布団のような物をつかみ、その女性と一緒に泳いでいく。
岸が近づいていたようで河口のような背の高い草が見られる。
すぐ向こうに別の川のような流れがある。私のいる流れともう少し先で合流する。
その時、向こうの流れに何かが浮いていてこちらに近づいてきた。
気がついた。
「これはアカン奴だ。」
近づいてくるそれは人の頭のようだった。
そして傍に来てぶぁーっ!と浮かびあがろうとした瞬間、目が覚めた・・
訳ではなく、また場面変換。

2011年7月(これもアンビリバボーのナレーションで言っているという設定だ)。ちなみにこれは完全にテレビ番組アンビリバボーと言う設定。 
アメリカの西海岸沖の海上に大きな低気圧が発生した。
この低気圧は中心に強い寒気を伴いほぼ停滞していた。
その低気圧のため、命からがらの目に会った初老の男性(知らない男だった)。彼はしばらく足止めを食っていたが天候が回復しないことに業を煮やし西方向に飛び石(!)を使って西に向かい始めた(夢らしい突飛な展開だ)。
男が西に向かい、暫くして急に低気圧は男を追うように西に動き始めた。
雲が急速に流れる。
事情を知らない男。男のチャレンジを知ったテレビ局が小さなセスナに乗せてある場所へ入ると言うことをセレモニーにしようとした。
ベネチアのような運河に囲まれた町並み。男がゴール地点にセスナで入ろうとした。
その瞬間セスナは炎上墜落、男は命を落とした(要するに死の運命から逃れられなかったということを言いたかったらしい)。

その後、私が少し上司にブチ切れる夢(仕事の人と言う設定だが知らない顔だ)に続き目が覚めた。

・・変な物にまた「憑かれた」訳ではないですよね?
4月19日(日) 「25457+9602」

何の数字か。昨日と今日の歩数計の数字だ。
合計すると35000歩を越える。
久々にこれだけ歩いたので、両足のふくらはぎが少しだけ筋肉痛になりかけている。
まぁ、自分にはこれくらい歩くのが丁度良い感じだと思う。
他の人が1日にどれくらい歩くのかはよく知らないが、そこそこ歩いたのじゃないかと思う。 
4月20日(月) 「変わり映えしない毎日」

私(=ティナ)がやっていることは、やらなくてはならない仕事に分類されるのだろう。
実際、仕事量は多いと思う。様々な懸案事項に対し、最終判断を下すことができるのが私なのだから。
毎日毎日多くの最終判断を下す日々。
でも、これって変わり映えしないのよね・・。
かといって、国王と言う立場上、そう突飛なことも出来ないし(個人的にはやりたいのよ)ジレンマは深いのです。 
4月21日(火)  「良く覚えてるね、そんなこと」 

私は昔のことをよく覚えているらしい。
全く無関係の複数の人にそう言われるので恐らくそうなのだろう。
イメージ的に、レモンの果汁を筆にしみ込ませ、紙に文字を書いた後火であぶると文字が浮き出ると言う「あぶり出し絵」みたいに記憶が浮き上がると言うものが近いだろうか。。
でも、私は他の人をやったことが無いので、他の人にそういうことが全くないのかと言われると良く分からなくなる。
そう言えば学生の時、暗記科目は得意だったなぁということを思い出した。
4月22日(水) 「初期症状」

夕方から喉が痛くなりかけている。
それ以外の症状は何もないのだが、私は風邪をひくととにかく長引くことが多いので(最長で2カ月咳が出た)初期の内に叩いておく必要がある。
冬は円が無かったのに、春、しかもこんな暖かい日に、風邪ねぇ・・。 
4月23日(木) 「「お約束」の展開」

昨日、喉が痛かった。
今朝、3時半に目が覚め再び寝入れなかった。
疲れのためか、帰宅後熱が出ている。
現在、37度6分。
この時期、2,3年に1回の割合でこういう風になる。
寝ましょ・・。 
4月24日(金) 「風邪引きさん」

微熱はあったが仕事が忙しくそれに意識を向ける暇が無かった。
却って良かったのかもしれない。
しんどいと思わないくらいのしんどさだったのだろう。帰宅後気を抜くと少し熱があった。
でも、これくらいなら明日は何とかなるだろうと思い床に就くのであった。 
4月25日(土)  「甘く見ちゃいけませんよ」

アリの集まりが能勢、妙見山であった。
会の大まかな内容はアリ日記の方を参照いただくとする。
体調が悪くなったらどうしようかと密かにびくびくしていたが至って何ともなかった。
会の最中は自分が風邪をひいていることを殆ど忘れていた。
帰路、電車の乗り換えのために少しホーム上で電車を待っていると風が少し冷たい。
まさか・・ね。と思いつつ帰宅後体温を測った。
38℃7分もあった。
しかし、頭痛は全くない。
背中に悪寒がするがそれは帰宅後のこと。
やっぱり、張っていた気が抜けるとこうなるんだね。
風邪は万病のもとだと言うし、即ベッドにGO!になった。 
4月26日(日)  「そんなわけで」 

今日は殆ど自宅で過ごすことになった。
緑が一番目に美しい季節だと知っているので、少しもどかしかったが。
熱は微熱と平熱を行ったり来たり。
むしろ咳と鼻水に閉口させられた。
咳は・・イカンのですよ。
また寝る時に暗くしてから急に出るんでしょ?あれされると寝付くのが遅くなって仕方ない・・。
4月27日(月) 「さて」

ゴールデンウィークに入り、今週水曜日が昭和の日で休みだ。
週の真ん中、昭和の日こそは体調を戻し散策に出かけたい。
この、「どこに行こうか」「何をしようか」と考えるのは楽しいですね。 
4月28日(火) 「「〜するのを止めなさい」と言う言い方」

私は自分に対して「〜するな」と言う言い方は殆どしない。
その代わりに使うのが「〜しても良い、その代わり〜になるよ」と言うような言い方をする。
個人的に回りくどい表現だとは思うが如何にも私らしいと言う気もする。 
4月29日(水) 「掛け声倒れでした」

実は、今書いている物語は「興が乗れば」後3時間ほど書ければ終われる所まで来ていると思っている。
確か、5年前2010年の4月29日に物語を書き終えたことがあり(「編集者今井ラナ」のこと)今日、それに倣い、記念日的位置づけにしようと思っていた。
しかし、ダメだった。
先月末頃、書いていた時すごく文章が生煮えのようになっている感じがしたので暫く寝かせることにしていたが今日ほんの少し書いてみても生煮え感がありあり。
今回の物語は前と違いキャラクターが動き出してもすぐに止まってしまうのでしょっちゅうネジの巻き直しをしている。
今もそれ。アカンなぁ・・。
4月30日(木) 「共有」

私(=ルナ)とあにまりあは記憶や感覚を共有している。
だから考え方のベクトルが全く違っているのに、「二重人格」と言う訳ではないはずだ。
例えば、人間世界の国家でも一つの事柄に対して正反対の意見や感想を持つ人に分かれることがあるがそれと似たものなのかもしれない。
それにしても、この「一国二制度」に似てなくもないこの体系、私には(恐らくあにまりあも)疲れる・・。

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