第39章ー和彦の事情ー

 
 
 和彦は留守番電話のラナのメッセージを社長室で聞いた。
 電話越しだが、ラナは何かを自分に伝えようとしているのを感じ取った。
 そういえば先日受付で倒れた女性がいたという騒ぎがあったがあれも多分ラナだろう。
 なぜならその女性は「今井が来た」と言っていたそうだから・・
 
 電話を耳につけたまま立っていると声がした。
 「和彦さん?どうなさいまして?」
 傍には瑠奈がいた。
 和彦がラナのもとに行ってるということを知った瑠奈は事あるごとに社長室の和彦に面会に来た。
 和彦もラナに面会に行きたかったが自分のいないときに瑠奈が着たら・・と思うと怖くて行けなかった。
 電話も秘書の袴田が監視してるように思えて電話もできなかった。
 和彦は自分が監獄にいるような錯覚を覚えていた。
 和彦は瑠奈に向いて言った。
 「い、いえ・・間違い電話のようでした・・」
 瑠奈はすべてを知ってるかのようにニコニコしながら「そうですか・・困りましたわね。」
 と言った。
 この瑠奈という人物は一体自分のしてることのどこまでを知ってるのか、瑠奈は何も言わなかったので
 分からなかった。
 ただ、どうも瑠奈はラナに会いに行ったらしいということは瑠奈の口調から察していた。
 修羅場だな・・と思ったが、和彦は自分の無力を呪うしかなかった。
 瑠奈は立ち上がって言った。
 「さて・・あまり長居しても和彦さんのお仕事に障りますからこれで失礼しますわね。そうそう、近いう
 ちに結婚式の手はずをお知らせできると思いますわ。」
 「け・・結婚?」
 和彦は叫んでしまった。
 「ええ、もともと許嫁同士、何の支障もございませんでしょう?」
 瑠奈が冷たい笑いを口に浮かべて言う。
 「で、でももっと知りあってから・・」
 「和彦さん。」
 瑠奈の顔から笑みが消えた。
 「まさかまだ今井さんという方のことを考えているのですか?」
 「い、いえ・・」本当はラナのことで頭がいっぱいなのだがここはそう言って凌ぐしかない、と和彦は
 思った。
 「まぁ、よろしいですわ。近いうちにわたくし、今井さんのところへ行って最後の話をしてきますわ。
 和彦さ
んはなにも御心配なさらず、わたくしとの結婚のことだけをお考えになってくださいまし。」
 そういうと瑠奈は出て行った。
 「・・・」
 この事態を打開するすべはないかと悩む和彦。
 そんな和彦の机の上の電話が鳴った。
 「もしもし・・」
 「天野社長ですか?」
 この声は聞きおぼえがある。ラナの上司の編集長代理だ。
 「ああ、このたびはどうも。」
 ラナ関係者と悟られないように、和彦は努めて形式的な返事をした。
 「佐野です。ご無沙汰してます。実は話があるんです。」
 「ああ、その件なら今度私から電話を差し上げようと思ってたんです。」
 「電話ではなんですので、お会いいただけないでしょうか?今井の件で少し話があるんです・・」
 「分かりました。それでは明日少し時間を作って・・」
 受話器を置くと秘書の袴田が尋ねてきた。
 「社長、失礼ですがどちら様で・・?」
 「ああ、東都商事の社長の山田さん。ちょっと書類にトラブルがあったので見てほしいって」
 和彦は嘘をついた。しかし和彦は普段嘘をつかない人だったので袴田は騙されたようだった。
 「これは失礼いたしました。それでは明日何時のご予定で・・?」
 「こっちの仕事が落ち着いてからでいいって仰ってるので夕方でいいだろう。夕方、空いてるだろ?」
 「はい、大丈夫です。」
 「それなら少し明日は夕方空けるから瑠奈さんが来たらそうお伝えしてくれ」
 「畏まりました・・」
 
 和彦としてもラナは放ってはおけなかった。そしてこんな芝居を組んだのだが思ったよりうまくいっ
 たみたいだ。
 和彦は少し気分がよくなった。
 しかし佐野編集長代理は一体ラナの何を話すんだろうか?
 それと、ラナが電話で言った「残り少ない命」というフレーズ・・まさか、ラナが自分の病気のこと
 に気が付いたのだろうか・・だとしたら、自分に何ができるだろうと、和彦は翌日のことを考えてい
 
たのだった・・

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