あにまりあの徒然日記(2004・11月)
11月1日(月) 「スパム」

今日から11月。暖かい11月の入りとなった。
それを書こうかとも思ったのだが最近気になることを少々。
ここ数ヶ月、スパムメールと呼ばれる迷惑メールが日に約7通前後来るようになった。出会い系サイトや知らない女の人からのメールは日本語で書かれてるのでいいのだが困るのは英語で書かれてる文章。どうもロレックスやウインドウズXPについてとかなんか色々書かれてるようだ。こんなの読む気もしないのでタイトルだけ見て即ゴミ箱行きになるのだが彼らは一体どうやってこのメールアドレスを知ったんだろう?
日本の業者ならともかく外国なんて・・。
インターネットの暗部を垣間見てるような気がする
11月2日(火) 「喪失」

風呂に入ってる間はこの日記に何を書くかネタが次から次へと思い浮かぶのだが不思議とパソコンに向かうと霧散してしまって何を書こうとしていたのか忘れてしまう。
そんな状態で今日もこの文章を書く。
多分後になってあぁ、あれを書きたかったんだというのが目に浮かぶけど・・
この日記(エッセイですかね?)も始まってそろそろ一月。
月日の経つのは早い物で5月に淡路島旅行に行ってからもう半年が経った。5月はクロオオアリの女王を探しに行ったり結構充実してたと思う。
それだけに昨今の無為なる日々がもどかしい。
何もしないこと、好きなことをすることが療養への道と皆は言うけどそれは単に先の苦労を先延ばしにしてるだけのような気がする。
まぁ、こういう思考体系がいわゆる「ネガティブ・シンキング」なことくらい百も承知なわけだが。
11月3日(水) 「幻惑」

大学の文化祭に学科の友人と一緒に行って来た。
大学時代、所属していたクラブの展示会に行った。
虫ときのこの展示だった。
いつも思うのだがあの和やかな雰囲気の中でうまくやっていけていた自分が信じられない。あんなに良い雰囲気の中で自分が羽を羽ばしつつ他人を信用できていた大学時代。
今でも大学の友人(クラブの友人、学科の友人ともに)と会うたびにのびのびと振舞える自分がいる。それなのにそれ以外の人には何故構えてしまうんだろう。いつからこんな風になったんだろう?
そもそも人間不信それ自体が幻惑だったというのだろうか?
だとしたらこの4年、私は幻惑されていたと?
11月4日(木) 「髪」

私は散髪という物が好きではない。
単純に散髪の間鏡を見るしかすることがないからだ。
そんなわけで限界(自分で鬱陶しいと思うくらい)まで散髪に行かない。
しかし生きてるので当然ながら髪は伸びてくるわけで・・
女の人みたくロングヘアーも良いかなぁと思うのだが周囲に反対されて困ってる次第でそうしてる間にも髪は伸びていく・・。
はぁ、どうしたものか・・・。
11月6日(土) 「鬱と言う物」

オフ会で会った方々は私の実体を御存んじなわけだが私はもう今年で4年、心を病んでいる。
最初言われたのは「鬱病」。それが「原因不明の鬱状態」になっていまでは「人格障害からの鬱状態」という風になっている。思えば鬱になって生き死にのことを良く考えるようになった。自慢にも何にもならないが自殺未遂も1度や2度ではない。
1度は入院もした。カウンセラーの先生にも毎週会ってるし薬も飲んでる。でも最近限界を感じるようになって来た。
目の前の世界から日に日に色が失われていく。
楽しみは手を触れたらガラスのように砕け散ってしまう。
寝て、気分が好転するのを待つしかない。
正直、こんな生活に疲れてきた。来年の4月には大学院に戻る予定だがこんな弱い心でやっていけるのか・・
甚だ疑問だ。
これで愚痴でもこぼせる人がいたら少しは違ったかもしれない。
もっと極端な言い方をしたら私に守るもの(恋人とか)があったら我慢の限界を引き伸ばすことができたかもしれない。
しかし私は昔から人を信じることは余りなかった。
「良い人」の仮面の下には人間不信とか怒りとか言う「悪い人」がいた。それが常態だと思ってた。
だから私は精神科医の言葉を借りたら「破綻すべくして破綻した」そうだ。
そりゃ私だってこんな二重生活がいつまでも続くとは思ってなかった。でもこんな若いうちに風船が壊れてしまうとは大学時代は思わなかった。
大学院が肌に合わなかったのかというとそうでもないと思う。
研究はしんどいし失敗だらけだったけど充実してたと思う。
友人も外部から来た学生は一人だけだったので色々世話を焼いてくれた。
・・・やっぱり無理がきてたのかなぁ。
困ったことがある。死ぬのが怖くない。普通の人は怖いらしいし、自殺未遂をする前に睡眠薬等々を70錠目の前にしたときは怖かった。でも一度臨界点を超えてしまうと何でもなくなってしまった。
困難が着たら「死」という物が選択肢に入ってしまう。
そう、私は逃げてばっかりの弱い人間だ。
こんな腰抜け、社会で通用するはずがない・・
そう思うとまた気分がより落ち込む。
今日も頓服薬が必要なようだ・・
11月7日(日) 「暗黒というもの」

今日も気分が塞いで寝ていた。
ただ寝てるのもなんなので分析してやろうと思った。
結果分かったことは・・分析なんかするもんじゃない。
余計に落ち込む。
あれだけ嫌がっていた入院という文字がちらついた。
噂では自殺願望がある時点で即入院させる病院もあるそうな。
だとしたら私なんか即入院だな・・
でも人格障害なんか薬で治るものじゃないし、結局は自分で治すことになるんだろうなぁ。
黒い霧が立ち込めるというか原油のようにねっとりした闇が取り巻くというか例えたらそんな感じ。
今日、久しぶりに自殺という選択肢を選びそうになった。
部屋にはコードもフックもある。できないことは無かった。
でも何故踏みとどまったんだろう・・。
思えば初めて自殺未遂をした3年前の夏に死んでいたらこんな苦しみ、味わうことは無かったんだろうか・・。
でもなぁ、自殺した遺族の人の掲示板なんか見てたらやっぱりしちゃだめだと思うし・・。
私は揺れています。
かつて抑止力だったものは力を失い、今はただ漂っているだけ。
大学までは自分のしたいこととやってるという実感が一致してた。
自分の中に軸もあった。
それらはどこに霧散したんだろう・・
11月10日(水) 「久々」

3日ぶりにつける日記。
この間、別に持病が悪化してたわけではなく忙しいだけだったのだ。
ご心配おかけしました。
さて、久々に書こうと思っても今日は何も思いつかない。
そういえば今年は兵庫県、京都府とと大阪府を結ぶ阪急電鉄に良く乗る。
意識して乗ってるわけではなく(近鉄なら何度かしましたが)沿線に何かと今年は用事が多いのだ。
そういえば近鉄電車でできるだけ遠くに行くという小旅行を今年はやってないな・・。
というより今年は近鉄は余り利用しない。
5月にクロオオアリの生息地を訪れたときは良く乗ったものだが・・
11月11日(木) 「Eternal Snow」

自己紹介にも書いていますが解散して今は無きChangin’ My Lifeというグループの曲の中の一曲です。
歌詞がすばらしく自分にマッチするし短調の曲の雰囲気も大好きです。
この曲を知って2年になりますがベストオブベストです。
「Eternal Snow」の和訳は各人に譲るとしてこの凍てついた心を良く表してるなぁと思いました。
初めて聞いたとき電気が走りました。
何に凍てついてるのか。
それはもちろん、人を好きになる心です。まぁ、Eternal Snowは好きな人を諦めきれない気持ちを歌った曲なんですがね・・
今ではあの人は完全に過去の人と割り切ることができました。
先々月、会ったときは心も動きましたが脈が無いことを6年経ってようやく悟りました。
と同時に自分の中で女の人を好きになる心も凍てついてしまいました。
女の人という「生物」として扱うという高いステージに達することができました。
11月12日(金) 「Myself」

今日、ふとしたことからこの病の元凶を知ってしまうことになった。
それは「断ることができないこと」。
断ればその人の期待に添えないことになって悪印象を持たれるのではないかと思うと断ることに苦痛を要した。
結果何事も引き受けて背負いきれない荷物に押しつぶされることになった。
その時々で形は違うけれど根元は概ねそんなところだと思う。
それに極端な思考体型が絡んで鬱状態という病態を作り出したんだと解釈した。
私は孤独を恐れている。と同時に愛してもいる。
誰にだって一人になりたいというときがあると思う。
私の場合、人間不信があったので一人になりたい時間が(他人に気を遣わないで済むので)他の人より多かったのかもしれない。
何かをするわけでもない、ただ一人で音楽を聴いたりするのが好きだ。
その反面、一度知り合った人とは密な付き合いをしたいと思ってる。
だから年賀状も暑中見舞いも年々数を増やす。
まぁ、ものを書くのがすきなのも関連してるだろうけれど。
「断ること」というのを普段してる人には想像つかないでしょうがこれが私の歪んだ群像である。
なら直せば良いというだけの話だが今まで断るという経験を余り持たない私にとっては難事業である。
しかしこれをせずには病の完治は無いでありましょう。と思う。
11月13日(土) 「Love Chronicle」

今日はタイトルどおり恋愛の歴史。(直訳したら恋の編年史)。
小学校2年のときに初恋というものを体験した。
でも当時は容姿に惹かれていただけで特に何かをしたいとか一緒にいたいとかは思わなかった。
それから約15年。
恋と言う実態を良く知らないまま成長した私に転機が訪れた。
そう、「あの人」であった。
最初は意識なんかしてなかった。
でもある日、ふとその人が凄く眩しく見えた。
陽気な彼女の笑顔は凍っていた私の心の氷を溶かした。
でもそこで問題が起こった。
今まで人間不信、女嫌いで通してきた自分をどうしても説得しきれなかった。そんなわけで在学中は彼女に話すことも躊躇しがちだった。
気恥ずかしさから。
でも卒業とともにけりをつけようと思い、卒業式では時間が取れなかったし、彼女の電話番号も知らなかったから古風ながらラブ・レターと言う形にして送りつけた。
思うに彼女は多分凄く困惑したと思う。あまり話したことの無い人からのラブレターだったから。
彼女は入院したとき手紙をくれた。そこには「会いましょう」とあった。
それを励みに病院を2ヶ月で退院した。
しかし彼女は会ってくれなかった。
そこで私は女の人は平気で嘘をつく生物と解釈するようになった。
彼女のことは恨んでもいないし、好きでもなくなってしまった。
ただあの人を好きになったときの燃えるような日々は何だったのだろうと思う今日この頃。あれは夢か幻か・・。
11月14日(日) エトランゼ」

フランス語で見知らぬ人の意。英語のstrangerに相当。
転じて旅行中の外国人。
だそうな。
私は旅をしてる。誰もがそうだが人生と言う名の旅を。
今のところ私の旅は苦境に陥っている。
断り下手、休み下手、人の顔色を見すぎるという自業自得な結果だが。
しかし問題がこうして見えたからには対処の仕方もあるのではないかと思えるようになった。
敵を倒すには敵を知らなくてはならない。
しかし敵を知るということは敵に近づくということでもある。
何とかここまで近づくことができた。
私は性格を壊そうとか変えようとは思っていない。
うまく共存できたら良いなと思っている。
この4年、少しは変わっただろうか・・?
11月16日(火) 「New Future」

昨日はカウンター設置工事のため書けませんでした。
しんどかったとかそういうわけではありません。

正直、このタイトルをつけることにはそれなりに抵抗感がありました。
しかし、Eternal Snowの回から始まっていた私の考えを締めくくるには敢えて明るいタイトルをつけようと思い、このタイトルにしました。

この半年で体は大きくなりました(単に少し太ったといえば良いのだが)この鬱状態をもたらしているのが「断り下手」「休み下手」←人の反応が気になるという精神構造に気がついたのはごく最近です。
まだ一週間も経ってません。
それでもそれに気がつけたのは大きな進歩だと思っています。
それと人によっては意見が異なるかもしれないですが「思考は現実化する」そうです。(セラピストの先生も仰ってましたしそういうタイトルの本が確かあったはず)
要はネガティブ・シンキングよりポジティブ・シンキングなんですよね。
その方が生きやすそうです。
今まで悪い結果を思い描いていたら万一悪い結果が来ても青天の霹靂(へきれき)にならないだろうと思っていましたが・・
でも頭で分かってても心に理解させるのは大変だと思います。
その難事業を如何に成功させるか、成功しなくても成功に近いものにもって行くかがこれから学校に復学するまでの5ヶ月の課題でしょうか。
なお、Eternal Snowから今回までのタイトルはChangin' My Lifeの集大成ともいえる「The Best of My Life」(気になった人はアマゾンででも調べてみてください。どれも良い曲です)からタイトルを頂きました。
お礼申し上げます。
11月18日(木) 「冬」

昔は冬は嫌いだった。
寒いのはまだ良い。
手足にしもやけと言う名の凍傷が出来るのだ。
寒いと痛く暖かいといらいらする痒さ。
これが出来るから冬は嫌いだった。
しかし大学に入って不必要なくらい分厚い手袋をするようになったら長時間窓を開け放って掃除をするとかでもしない限りしもやけは出来なくなった。
そうしたら不思議と冬と言う季節のよさが見えてきた。
冬は食べ物が豊富で美味しい(ちなみに私は生牡蠣が大好きである)。
雪や氷の美しさも最近になって理解できるようになって来た。
行きたいところがある。
真冬の稚内、宗谷岬から見る流氷もしくは真冬の釧路湿原の1両編成の各駅停車しか止まらないような湿原のど真ん中で雪と氷の音に耳を澄ましてみたい。
ただそれをやるにはお金が無いという現実的な問題の前に頓挫してるわけだが。
11月19日(金) 「スランプ」

何か最近思うようにならないことがあるような気がする。
といっても別段何かあるわけでもなくそんな気がするだけなのだが。
充分休息中でエネルギーが春、草木が萌える頃に解放させるべく蓄えてるのだが気のせいだと信じたいがどこかに抜け穴があるような気がする。
そういえば病に伏してから何かを本気でやったこと、無かったような気がする。(掲示板設置とアクセスカウンター設置は別だけど。あれは燃えたなぁ)何かに邁進すること、果たして出来るのだろうか・・?
そう思うと不安になる。まぁ先読みのしすぎは性分なんだけどこれ、直さないとなぁ。
タイトルのスランプ。
最近日記のネタがあまり思いつかない。
つい最近まで風呂に入ってたら次から次へと思い浮かんだものだが。
ふーむ・・。
11月20日(土) 「旧友ーきゅうゆうー」

高校時代の友人に会った。
彼らは10年の月日を経ても全く変わっていない。
そんな彼らと交わす他愛ない思い出話。
実に楽しい時間を過ごした。
彼らは遠慮なく付き合ってくれるのでとても居心地が良い。
いつからだろう、人との距離のとり方にぶれが生じたのは・・

・・いや、知っている、そんなこと。
恋をしたとき以来だ。
あの時以来人に必要以上に近づくようになって人との距離のとり方が分からなくなった。
恋をしたことを悪いとは思わない。
ただ単に恋とは私の身に余る代物だったということだろうか・・。
11月26日(金) 「迷惑メール」

さて、5日ぶりの日記なのだが掲示板に書くことを書いてしまったのでまたしてもネタが無い。
11月16日からの迷惑メールがゴミ箱にたまっている。
その数97通。10日で97と言うことは・・大体一日10通前後着てることになる。いつからだろう。最初の頃は3通前後だったのがこのごろ急に増えてきた。
まぁ、携帯メールと違ってお金がかからないので削除したらいいのだが。
最近、メールをためて一気に消すという変な快感に取り付かれてる。
今度の消去予定日は日曜日。
一体何通たまってるのやら・・・・。
11月27日(土) 「木枯らし」

今日、木枯らし1号が吹いたという報を耳にした。
先に冬は昔ほど嫌いではなくなってきたと書いたが唯一困ったことがある。
それは朝起きるのが辛くなるという事。
不思議と起きてしまえば何でもないのだが暖かい布団から出るのが日に日に難儀になっていくのかと思うと少し気が重くなる。
11月もなんだかんだ言いつつ後4日。
何もしていないと月日の経つのは早いのか遅いのか分からなくなる。
11月30日(日) 「気分の閉塞」

寒くなってきたら外に出るのが億劫になる。
すると不思議なことに気分も塞いでくる。
なら外出したら良いという話だが前述の通り寒いのは苦手・・
真冬になったらどうなるんだろう。
ふーむ・・。
そういえばそろそろ年賀状の季節だ。
例年、枚数が増え続けていた年賀状だが今年は枚数をリストラしようと思う。
一つは膨大な枚数を書くのは疲れること。
もう一つはそうした所でその作業には意味をあまり見出せなくなったから。
何枚出そうかな・・
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