あにまりあの徒然日記(2006・3月)
3月1日(水) 「書かないでいたら」

徒然日記を毎日読んでおられる方はご存知だと思うが徒然日記は2月24日から26日まで3日間、一行も執筆されなかった。この期間はオフ会があったために家におらず書かなかったのだが(24日は前日のために早く寝たし、26日はくたくたで書ける状態になかった)27日に書こうと思ってパソコンの前に座って、はたと困った。
書けないのだ。タイトルは決めてあったので膨らませていけば書けると思っていたのだがなぜかキーボードをたたいていても書きたいことと違うような、書き散らしてるような感じがしていた。
以前、新聞に亡くなったというエッセイストの方の話が載っていて「一日休むと二日書けなくなる」と仰っていたのだが全くそのとおりだった。
そう言う意味ではこの徒然日記は「走り続けること」を余儀なくされてるのかもしれない。
3月2日(木) 「成就していた予言」

1月に恋御籤というものをひいたことは書いた。その中に「すでに好きな人とは出会っている」というような記述があったのだがというような記述があったのだがこの部分、すでに当たってると私は思っている。
といっても私に好きな人は特にいないのだがそう思うのは以下の体験からによる。

3年前の秋の終わり、繁華街を歩いていたら一人の女の人が声をかけてきた。
彼女は美味しいパスタの店を探しているといった。
今思えばナンパというやつだったのかもしれない。
彼女は自ら名乗って(イニシャルが私が大学のときに好きだった人と同じというのは奇妙な偶然だ)電話番号を交換した。
彼女が言うには彼女は私より5つ年下で、アパレルメーカーに勤めているとのことだった。
彼女はその夜から日に一回のペースで私に電話をかけてきた。
最初は楽しく話をした。
しかし、ある日、私は彼女が急に私との間合いをつめて来るのがなぜだろうか、と思うようになった。
そこで大学のクラブの友人に聞いてみたら怪しいよ、といわれ私は彼女の電話に出なくなった。
こうして私と彼女の糸はこちらから切れてしまった。

そう言う意味で私は見知らぬ人に声をかけられても疑念にさいなまれるだろうから、知ってる人の中でしかそういう好きになる人は現れないのではないかと思っているのだ。
3月3日(金) 「良いものは良い」

私はできるだけ色々なものに心を開いて接するように心がけている。
まぁ、それでも頑ななんだろうけど。
私は漫画、ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリーといったものを先入観なしに気に入ったものを見ている。
時々、漫画は低俗だという意見を聞くが、漫画の中でも良い物は良いし、つまらないものはつまらない、それだけだと思っている。
先入観を持って接すると色眼鏡で見てしまって本質を見間違えてしまうような気がするので(私が本質を見てるのかは怪しいのだが)なるだけ先入観は持たないようにしている。
「表現にどんな媒体を使っていても良い物は良いし、つまらないものはつまらない」。私の根幹である。
3月4日(土) 「祝賀会」

大学の先生の退官の記念祝賀会があったので行ってきた。実に懐かしい面々も来ていて(卒業以来ご無沙汰の人もいた)楽しいひと時を過ごした。
中には結婚して苗字が変わった人もいて、時の流れを感じさせた。
思えば大学を卒業してもう6年になるんだなぁ・・
友人を写真に収め、また私も写真を撮ってもらって大満足であった。
3月5日(日) 「愛機Fine Pix40iと共に」

私のデジカメは富士フィルムのFine Pix40iというカメラであることは何回か触れたこともあるように思う。
思えば私はこのカメラを持って1000キロ以上、ひょっとしたら2000キロ以上は移動したかもしれない。
西は大分から東は神奈川まで。特に大分は2回、長野も2回。
これだけでかなりの距離を稼いだことになる。
つい最近まで、私はこのカメラのスマートメディア容量が32Mのものしか使っていなかったので自然と意識せずに撮影枚数をセーブする方向に動いていたのだがこの前128Mを購入して100枚以上撮影可能になったので最近とみに枚数が増えてきている。
しかも特筆すべきは購入して5年、全く故障していないこと。これは非常にありがたい。
もし、デジカメがメインマシンみたく故障してばかりだったらとうに売り払っていただろうから。
3月6日(月) 「ホームページと出会いと「別の人生」に思いを馳せて」

私は時々考えることがある。それは以下のようなことである。

私がホームページを作ろうと考えたのは大学院のときに大学の授業科目評価をしようと考えたのはどこかに書いたようにも思う。しかし、私が大学院をエスカレーターで進学していたら見慣れた先生のいる中でこういう情報を還元しようとは思わなかったはずである。
ということは大学院をエスカレーターで進学していたら今、オフ会やその他の出会いは全くなく、単にネットサーフィンとメールしかしない、ごく一般的なインターネットユーザーであったと考えられる。
さらには大学院をエスカレーターで進学していたらひょっとしたら私は病気にならなかったかもしれない。
ということはその人生は今の人生とは似ても似つかないものになっていた可能性はある。
そう考えたら私の人生は大学卒業後に分岐したと考えているのだ。
どちらの人生が良かったかは間尺が違いすぎるので比較できないが。
3月7日(火) 「罵倒」

私は幸運なことに今まで罵倒された経験というのがない。
そしてまた、誰かを罵倒したこともない。
私だって時々腹が立つことはあってその時には罵倒したくなることもあるのだがそのたびに思いとどまっている。
というのは私は誰かを罵倒したら間違いなく慣れないことをしたことに対して違和感を感じて自己嫌悪に陥るし、当たり前だが言われたほうは腹が立つ。
どっちに対してもプラスにならないと思うのでやめているのだ。
3月8日(水) 「交通量調査アゲイン」

不意に懐かしくなっていってきた。もうしないと思っていただのが・・
今回は渋滞の長さを測るもの。先頭の人が後方の人に最後尾の車の特徴とナンバーを聞いて交差点をその最後尾の車が何分何秒に通過したかを10分ごとに計測する。
そう言うわけで2人で交差点と最後尾を追っかけることにしたのだが・・・
渋滞しない。渋滞は100メートルもしないので目視だけで最後尾の車がわかる。
そう言うわけで最後尾を追っかける人は待機要員のような形で暇をもてあました。
6時から9時までと夕方5時から8時までの計6時間調査。後半3時間は私は最後尾を追いかけるという名の待機要員だったので凄く退屈だった。
これで日給1万円も貰っていいのだろうか?
3月9日(木) 「花粉症?」

昨日、交通量調査に行って、最後のほうで凄くくしゃみが出るようになった。
今日になってもくしゃみばかり。昨日の場所は吹きさらしのようなところだったので花粉にでもまかれたのだろうか。
しかし、花粉症にしては目や鼻が熱を持たないし、鼻もくしゃみだけで鼻水は殆どない。
それに例年花粉症は3月末ごろにならないと出てこないものだが。謎だ。
3月10日(金) 「魚の目」

私の足に3つほど固まって出来ている。その部位はあまり力がかからないので時々不快な思いをするだけなのだが、鬱陶しい。
私は高校時代、革靴で通っていたら足の親指に大きなものが出来たことがあった。
絆創膏のようなもので剥がしとってもまた出来る。歩き方というか姿勢が偏っていたと思うのだが、大学に入って運動靴で通っているうちになくなってしまった。
今も運動靴を通常は履いてるのだがなぜこんなものが出来たのかよくわからない。
3月11日(土) 「氷点」

作家・エッセイストの故・三浦綾子氏が1964年に発表した小説。「人間の原罪」をテーマにして書かれている。
といっても内容は哲学的な要素はあまりなく、かなり読みやすいのだが読後に考えさせられる本。
小説中には古くなった記述もあるのだが、それらを除けば今でも十分に通用する本。
だからこそ、今でも支持されてるんだと思う。
テレビ・ラジオドラマ化も何度もされ、最近では2001年に「氷点2001」としてリメイクされた。
私がこの小説に出会ったのは高校時代。現代文の先生が紹介してくれた。
だれにでもある、ふとした意見の違いと誤解。それがやがて大きなうねりとなって一人の人(=陽子)の運命を変えてしまうのである。
なぜかはよくわからないが、私はこの小説に非常に感銘して何度か読み返している。
3月12日(日) 「内在する炎」

私はめったに怒らないのだが当たり前だが私の中にも怒りの感情はある。ただ、それを表に出さないというだけ。
私は怒りを表現しないといったがそれには理由がある。
怒ると怒られたほうはいい感じがしないだろうし、私もそのことで激しく落ち込むから。
要するにどっちもが敗者になってしまうと感じているからである。
そう言うときはオブラートに包んで注意するのだ。
かなりぬるいやり方だが、これが私のやり方であり、と同時に私の限界でもある。
3月13日(月) 「東青山四季のさと」

近鉄大阪線東青山駅下車すぐに広がる公園であり、私の昆虫採集&ハイキングのフィールドでもある。
私が小学生のとき、修学旅行で伊勢に行ったが、その時列車が信号待ちでこの駅に停車したことがあった。その時は、何もないところだなぁと思った。
それから6年ほど経ち、大学に入ってすぐのゴールデンウィークにふとここを思い出して訪れてみたら整備された綺麗な公園になっていた。
公園といっても正確には広大な広場というべきかも知れず、芝生の広場が一面に広がっている。
ここの奥にはオオカマキリが多数生息していて、私は良くここを訪れる。
しかし、一つ難があってこの場所はなぜか数年前から立ち入り禁止区域が広く設けられるようになった。
理由はよくわからないが、この区域内にはヘビが結構いる。種類はよくわからないが、見た感じではシマヘビとヤマカガシだろうと思われる。さらに奥の青山高原へと通じる道はマムシも出るようだ。
ずっと以前に親戚の霊が見えるという方にここを聞いてみたら「ヘビ(の霊)がいる」といわれたことがあるのだが、あながち間違いじゃないのかも、と思ったりもする。
3月14日(火) 「戸田覚(とださとる)氏」

ビジネス作家であり、パソコン評論家。
私が氏の存在を知ったのはたしか4年前、区立図書館にあった氏の著作「ウインドウズXPがガラリと変えるパソコンの買い方」(講談社+α文庫)を見たのがきっかけだった。
氏の切り口は鋭く、長所と短所が端的に述べられていて、とても好感を持った。
若干、ソニーのバイオを贔屓にされてるような印象はあるが、それを差し引いてもこれほどの切り口でパソコンの長所と短所が述べてある本を、他に私は知らない。
その後、「テレビパソコン革命の楽しみ方」という本を出された。パソコンに関しても記述は全体の半分くらいで少し物足りなく思ったが、それでも面白かった。
今年の終わりにはウインドウズの新しいバージョン、「ウインドウズ・ビスタ」が出るというが、その頃になればまた新しい本を出してくれるのではないか、と勝手に期待している。
3月15日(水) 「飴とガム」

私は小学生のとき、この2つが大好きでしょっちゅう食べていた。
飴もガムも甘いものがすきと、今の私の性格のような感じだった。
しかし、今ではあまり食べることはなくなった。これは私の味覚が変わったのではなく、別の理由による。
今でも私は甘いガムや飴が好きである。その「甘い」がネックなのだ。
そう、私はよく虫歯になったのだ。そのたびに苦手な歯医者に行かなくてはならず、葛藤の末私は飴とガムを段階的に嗜好から排除したのだ。
ちなみに私は実はミント系のガムや飴は苦手なのだ。刺激がきつすぎる。
昔も今も私の好きなのは甘いガムに甘い飴である。
3月16日(木) 「喋り言葉」

私の喋り方は凄く丁寧だと思っている。半ば無意識なのだが残り半分は意識してこの喋り方をしている。
丁寧な喋り方をしたら少なくとも間違いはないだろうと信じているからだ。
しかし、私は最近この喋り方があまりにも他人行儀ではないかと悩むようになった。
それならば、変えたら良いという話なのだが長年(少なくとも10年くらい)この喋り方をしているので今更変えようと思ってもよくわからない。
3月17日(金) 「実在の神々」

私は各人の中に宇宙というか世界があると思っている。それを私は「心の民」として考えていることは、以前書いたように思う。
彼らからしたら各人は神というか創造主であるのではないかと思っている。色々な考えを擬人化という手法を用いて彼らを人間にしたのは私の脳みそだから。
そう考えたら、町を歩いている人々は皆神ではないか?と思うようになった。
それを発展させていくと、それぞれの宇宙は唯一無二であり、ひいては他人を大事にすることに繋がっているように思えるのだ。
3月18日(土) 「コインの裏と表」

去年の秋に学んだ理論。何かというと、結構単純。短所を長所に言い換えるというもの。
これだけではピンとこないと思うので例を一つ。
「臆病な性格」があるとする。それだけだと短所になるのだが、「慎重な性格」と言い換えたらそれは長所になる。あら、不思議。
履歴書の長所を書くのに使う理論なのだが、私はこれが凄く気に入っている。言いかえが好きな私の気風に合ったのかもしれない。
3月19日(日) 「自信と不安と成功」

私はこれまで何度も試験を受けてきたのだが、ある法則に気が付いたのは最近だ。
それは「自信満々で試験を終えたら不合格になる」というもの。バイトや就職面接など、ことごとく当てはまる。
その反対も言える。「試験後、出来たか不安になったときほど受かっている」のだ。
しかし、私としては複雑である。「自信がある」状態というのは自分が全力を出しきれたときであって、その分結果がだめでも悔いはあまりないのだがそれでも全力を出してだめで全力を出し切れない「不安な」時のほうがうまくいく・・
成功にはある程度不安というマイナス要素も必要なのだろうか?
3月20日(月) 「危険物取扱者乙種第4類」

大学のときから私が取得したいと思っている資格。
私は昔から化学が好きで、昆虫が好きでなかったら化学系の道に進んでいたのではないかと思うのだが(その割には必須科目の数学が苦手だが)化学方面で資格を持ちたいと大学のときに考え、たどりついたのがこの危険物取扱者乙種第4類である。
第4類とは油系やアルコール、特殊引火物が入るそうだ。
なぜ、それよりワンランク下の丙種にしなかったかというと単純に乙種の化学分野の問題があっさり理解できたからである。
それならすぐに受験して取得しろという話だが大学時代はクラブに忙しく、今は中々時間が取れない。
しかし本当は法令分野が頭に入らないから困っているのが実情だ。
法令・・ここでも巨大な障壁である。
3月21日(火) 「あにまりあ氏、今年中に寝台特急にもう一度乗車の意向か」

【運輸・交通】
あにまりあ氏は21日、会見を行い今年中に寝台特急に乗車の意向を固めたと語った。
この春のダイヤ改正で東京〜出雲市間の寝台特急「出雲」が廃止され、東京発の九州方面行きの寝台特急は「富士・はやぶさ」の1列車のみとなったが、早くも来春の廃止が噂されている中、あにまりあ氏は「今乗らずしていつ乗る」という想いを持つようになり、乗車の意向を固めたとされる。
ただ、どの寝台特急に乗ってどこに行くかは未だ白紙という。
九州方面へは東京発大分行きの「富士」、東京発熊本行きの「はやぶさ」、京都発熊本行きの「なは」、京都発長崎行きの「あかつき」の4列車があるが、熊本か大分に行きたいというあにまりあ氏の意向のようだ。しかし、どちらにせよ中途半端な到着時刻が予想され、それ以後のプランをどう組み立てるかが懸案のようだ。(夕刊不時)
3月22日(水) 「あれ・・?」

最近、気が付いたのだがこの徒然日記の10月分のうち、30日と31日が欠けている。
この両日は特に何があったわけでもないし、この頃には毎日日記を書くことは習慣化していたので原因が全くわからない。
昨年5月に日記を消してしまったことがあるが、同様の原因かもしれない。というのも去年の11月ごろにもパソコンを修理に出していたからである。
私はMOディスクにHPフォルダを保存してるのだが、面倒なことに一度消去してサラの状態でまたMOに放り込むということをしてるからかもしれない。以前は上書き保存していたのだが余計なファイルが残ってしまうのでこの時間のかかる方法を採用しているのだ。
3月23日(木) 「外付けHDD」

私が最近注目しているもの。
調べてみたら丁度200から300ギガくらいの容量のものが高すぎずバランス的に良いかと思っている。
ちなみに私のメインマシンの容量は約50ギガ。
要するにメインマシンの容量以上のデータが入るのだ。
この現象、デジャビュがあると思ったら、私が初めてパソコンを購入したときのMOディスクと同じだと気が付いた。
当時のデスクトップ容量は1ギガ。それに対し、640メガのデータ保存が可能なMO。手当たり次第に保存しまくったのを覚えている。
3月24日(金) 「パナソニック製」

私の携帯電話はパナソニック製である。機種変更前もパナソニックだった。これには単純な理由がある。
携帯電話を購入したとき、弟の携帯電話のメーカーがパナソニックだった。
ボタンとか使い方が全くわからなかったので弟と同じメーカーにしたのだ。
そして、一旦慣れたら、他のメーカーのはボタン配置が微妙に違っていて、また1から覚えるのが面倒だったので、ずっとパナソニック製なのだ。
ちなみに父の携帯もずっとパナソニックなのだ。
3月25日(土) 「パソコン・クロニクル」

私は高校時代パソコンはマニアックなものと決め付けていた。
当時はウインドウズも今ほどメジャーではなく(95以前なのだからだが)白黒画面が主流だったと思っていて私にはプログラムがさっぱり理解できず眺めても苦痛だった。
しかし、ウインドウズ95が出てパソコンブームが起きた。そこで私も持たなくちゃと思い、消費税が3%から5%に上がる直前の97年の春に貯金をはたいてデスクトップを購入した。
ハードディスク容量は1ギガ。ワープロソフトは一太郎、表計算ソフトはロータス123。
しかし、大学を卒業するまで私はネットも夜に少しするだけだったし、パソコンは殆ど使わなかったといって良い。
大学を卒業し、2000年の冬のノートを購入。その3ヵ月後にデジカメを購入した。
しかし当時はOSがウインドウズMeだったせいか、デジカメをつないでも認識せず、写真はあまり撮影しなかった。
2001年秋にウインドウズXPが出て、デジカメをUSBでつなぐだけであっさり認識するようになってから、私のパソコンとの付き合いは増えた。2000年秋からホームページもしていたのでまたパソコンとの付き合いは増えていたのだが。
そして今に至る。
3月26日(日) 「アルファベット」

私の書くアルファベットは変わってるようだ。
筆記体とブロック体が混じってるのだ。
他にもaはαに近い文字を書くし、rはRを小さくして放り込むこともある。
噂では外国人は自分のサインが真似されるのを防ぐために個人が独特の文字を崩したりするそうだがそれに近いものがあるかもしれない。
3月27日(月) 「加湿器」

風邪を引いてしまった。喉が痛く眠れない。
そこで登場したのがこれ。
加湿器を使うのは母に勧められたからなのだがつかってみたら全然違う。
空気がとげとげしくなく、まろやかな感じになるのだ。
私の部屋は昼間は最近窓を開けてるのだが空気が乾燥していたようだ。
再評価したのだった。
3月28日(火) 「ネットバトル」

かつて私が手を染めたもの。
アリ用掲示板で確か300台のときに「恋愛」を論じて激論になったことがあった。
その少し前は「生と死」を論じたこともあった。
このネットバトルというものはやってみたらわかるのだが言ってる内にどんどん意固地になってしまうように思える。そうして歩み寄りがなく、平行線のまま議論だけがなされる。
つい最近、某所で掲示板でけんかを吹っかけているのを見たことがあった。
この場合は一方がふかけてるのだがもう一方は意に介さなかったのでしばらくしたら落ち着いていた。
見ていていやな気分になったがかつて私もこれをしたのかと思うとなんともいえない気分になった。

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